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1-39 深淵と瓦解

なんでなんだろう。 右はどこか自虐的な虚しさを感じて、 今にも泣き出しそうな彼の瞳を見上げた。 「…俺を、殴って満足ならそれでもいいけど… 左に好かれたいならもっと別の方法を探したがいい...」 どこか心と身体がバラバラになっていくような感覚がして、 浅い呼吸の中で言葉を紡いでいった。 「左は俺の事なんかどうせ好きにならねえよ…」 戸賀はどこか諦めたように力無く呟きながらも、歪んだ笑みを浮かべていた。 「だから…だからさぁ…怨まれようって思ったんだ」 彼のその悲しい言葉に、右は唇を噛みながらその顔を見つめ続けた。 「そしたらさ…左は…俺の事忘れないよな…? 毎日俺のこと思い出して…怒ってくれるかなぁ… 俺あいつ怒らせんの、好きだからさ…」 戸賀は泣きそうな目で笑っていて、 左のこと本当に何もわかってないな、という静かな怒りにも似た心地と 莫大な虚しさを抱えて、彼から目を逸らした。 「……なんでそんな風にしか生きられないんだよ…」 その言葉は、 こんなことでしか遂げられない彼も、 自分なんかが必要だと宣う左にも、 未だに彼に自分の深淵を見せられない自分にも、言えることだった。 ソファの上から引き摺り下ろされ、床に押し付けられる。 屈強な男達に見下ろされ、右はただただその様を見上げていた。 「殺すなよ…」 疲れたように戸賀が忠告した。 恐怖で強張った身体に、男のつま先が食い込む。 痛みと吐き気に咳き込み、床に血が滴っていった。 身体と心がかけ離れていって、深淵に引き摺り込まれる感覚の中 そういえば、なんで。と思考の奥底で声がした。 そういえば、なんで 左は、俺のこと好きなんだろう……ーーーーー。

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