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1-52 遊び
店の入ったビルを出ると、深夜をかなりすぎた街中は流石に少々の静けさを抱えていた。
もう立てるから大丈夫だ、と言われても左は彼を離したくなくて下せずにいた。
ビルの前の歩道に出ると、道路から車のライトがこちらに向かって光を射し、
すごい勢いでやって来た黒いワゴン車が、3人の目の前で停車した。
思わず新手かと身構えてしまうと、助手席の窓が静かに開いた。
「ヨコさん!」
「いっ…!?ナナメ…!」
殺伐とした空間に場違いな花でも咲いたような声が響いた。
運転席から身を乗り出すようにしているのはナナメだった。
ヨコは慌てて頬の返り血を拭っている。
「はぁ、よかった皆さんご無事で」
ナナメは3人の姿を確認すると安心したように眉を下げて微笑んでいる。
「お前…なんで…」
「えへきちゃいました」
彼がいないのをいい事にフィーバーしていたヨコはめちゃくちゃ動揺しているようだ。
「終電終わっちゃったので車回してきたんです」
「…え、以外と仕事出来る人…」
「あーバカにして!
俺だけ置いてけぼりなんて酷いですよ?」
ナナメは口を尖らせている。
「とりあえず乗ってください」
後ろの座席に促され、左は右を車に乗せてやり自分も隣に乗り込んだ。
ドアが閉まりやがて車は緩やかに動き出す。
「どっから出てきたんだよこれ…」
「えへへ。ちょっとしたツテで」
前の席で話し始める2人。
しかし後ろの2人は無言だった。
傷だらけの右の手を握りしめると僅かに握り返される。
「…怒ってる…?」
左は小さな声でぼそりと呟いた。
おじーちゃんを轢くんじゃないぞ、ヨコさんまたバカにしましたねっ、とそれなりに盛り上がり始めるヨコナナメの声に掻き消えそうだった。
右は窓の外をぼんやり見ている。
「.…お前を怒ったところでしょうがないだろ」
「そうだけど…でも、この前僕が、戸賀を蔑ろにしたから」
左はこの前話を途中で切って逃げ出してきたのを後悔した。
もっとちゃんと戦っていれば彼を巻き込むことはなかったかもしれない。
右はため息をこぼして、左の肩に持たれるように頭をくっつけて来た。
「…ちゃんと来てくれたろ」
血で汚れ、殴られたのか腫れているようなその顔に、何故かどきりと心臓が高鳴って
こんな時でも彼のことが眩しくて、目を細めてしまう最低の感性。
「だからもう、いいんだ…」
右は静かにそう呟いて、そっと目を閉じた。
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