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変化
二回目の朝が来た。
俺はいつの間に眠ってしまったのか、体は綺麗にされていて、自分の部屋でバスローブを着て寝ていた。
部屋の外の物音で目が覚めて、二人の話し声が聞こえてきた。
昨日は晩ごはんも食べなかったし、何時に寝たのかも分からない。因みに今が何時なのかも分からない、このコテージには時計がない。
お腹がすいた事を訴えたいのもあって、自分の部屋の扉を開ける。グレイとジェイスは二人揃ってランニングウェアに身を包み、帽子とサングラスって出立ちだった。
あ、コイツら二人で走りに行く気だ。
「俺も行く!」
「本気か? 気絶するみたいに寝てたのに」
ジェイスが少し呆れるように腰に手を当てている。
「なめんな! これでも陸上部だったからな」
って言っても高校の時だから、ブランク半端ないけど。
「知ってるよ、僕は良いけど……その格好で行くつもり?」
知られてた……まぁ、そうだよな。俺の下着まで把握してる奴が、俺の所属していた部活を知らないわけがない。
「僕のウェアでよかったら着る? 待ってて」
意外にもあっさりとグレイが快諾してくれて、部屋にウェアを取りに戻った。
「あ……ごめん、迷惑だったか? 遅かったら置いていっていいから」
「いいんじゃないか? オレもグレイもコーヤと一緒に出来ることは、増えた方が嬉しいからな」
グレイのウェアを借りて、島の外周半分を周るように走った。そこから先は岩場で走れず、折り返すようにコテージの方向へ戻る。
途中二人のスピードについて行けなくなり、社畜で衰えた体力を痛感した。
二人ともスピードを落としてくれたり、歩いてくれたりしていたが、申し訳ないので先に行ってもらうことにした。
一人で朝方の砂浜を歩いていると、妙に清々しい気分だ。一生懸命してた仕事も、フラれた彼女も、もうどーでもいいな。
よっぽど今の方が人間らしく生きてる気がする。ちゃんと食べて、たくさん寝て、朝起きて運動して、性欲発散……はちょっと多過ぎるけど。
俺って思ってたより自由だったんだな、いつ逃げたって良かったんだ。好き勝手してたって、こうして責める奴なんて誰も居ないし。
それもアイツらが俺のスマホを取り上げてるからだが、もうこのままスマホも要らねーな。
会社からの電話なんて取りたくもない……日本に帰ったら、あの会社は辞めよう。
「あー……帰りたくねぇな」
それは退職願とか、同僚や上司への説明とか……そういった全てが面倒くさいと思って、思わず出てしまった一言だった。
「……俺、帰りたくないのか」
しかし、自分にとっては思わぬ一言だった。
視線を上げればコテージが見えていた、その向こうから二人が姿を現す。もう反対側を折り返してきたのか……俺に合わせてかなりスピードを落としてくれてたんだな。
「久々に走ったから疲れただろ? 部屋で休んでろ、戻ったら朝飯だ」
「シャワーを浴びて、僕を待っててくれてもいいよ」
すれ違いざまに俺にそうウィンクしてきたグレイに、思わず苦笑してしまう。
昨日あんだけヤッたのにタフすぎるだろ、これは若さの問題じゃない気がするな。
「さすがにまだ早すぎだろ」
通り過ぎた背中に向けて、ツッコミでも入れるように呟いた。するとグレイが立ち止まって、サングラスを外しながら俺の方を振り返った。
「それ、イヤじゃないって受け取っていい?」
「いや、こんな朝からヤんねーよ?」
「違うよ、僕のこと……イヤじゃないってことでしょ」
「あ……」
「うれしい」
いつものようにあざとく小首を傾げて笑うグレイが、朝日を背負ってやけに輝いて見えた。
そんな嬉しそうに笑うなよ、俺だってそんな笑顔向けられたら……。
直視していると心臓が握りつぶされそうだった。おかしい、本当におかしい! こいつ、ストーカーで誘拐犯で強姦魔で、すぐキレるし、ひどい事いっぱいされたのに。
思わず視線を逸らして、グレイの質問から逃げた。すると、砂浜を走ってくる足音が近づいてくる。
あ、ヤバイこっち来てる……俺答えられない。グレイのことどう思ってるかなんて、自分でもよくわかんねぇのに!
「洸也」
「……っ!」
逃げるようにコテージに戻ろうとしたら、思いっきり乱暴に胸ぐらを掴まれた。
あ、そうだ! こいつ逃げたら酷い事したくなる性分ッ……!
一瞬冷や汗が出たところで、今度は乱暴にキスされた。触れた瞬間こそ押し付けるように乱暴だったキスは、優しくゆっくりと名残惜しそうに離れた。
「世界で一番、愛してるよ」
「~~ッ!!!!」
俺の頭を撫でて、手を振りながらジェイスの元に戻っていく背中を、俺はその場でしゃがみ込みながら見送った。
「本当……ッ! わっかんねぇ!」
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シャワーを浴びた。
グレイに言われたからではなく、汗をかいて気持ち悪かったからだ。
着替えは昨日グレイが渡してきた袋に入ってたアロハシャツ……昨日ジェイスが着てたやつの色違いだ。ジェイスは赤っぽいオレンジ、俺のは緑だ。
アロハシャツって派手で好みじゃないけど、バスローブ着てるよりマシだ。
下は短パンが入ってた……なんかもう、ご機嫌でリゾート満喫してるみたいな格好になったな。
まぁ、バスローブよりマシだ。
「コーヤ、朝飯できたぞ」
「えっ! はやっ」
さっき二人が帰ってきたような雰囲気があったけど、もう朝ごはん出来たのか!?
この早さからすると、準備してから走りに出たんだろうな。
食卓のあるリビングのような部屋に入ると、みそ汁の良い香りがした。
「みっ……みそ汁っ!」
昨日の約束! 本当に守ってくれたのかよ!
「一応ミソは持ってきてたからよかったけどな、作る予定じゃ無かったから具材が……」
「ジェイス! お前最高だな!」
頭をポリポリかきながら眉を寄せたジェイスに、思わず抱きつきたくなるくらい嬉しかった。が、部屋に入ってきたグレイを確認して、思わずピタッと止まった。
なんだろう、ジェイスに対しては男友達にやるノリくらいのつもりだったのに……見られてたかと思うと、浮気でもしたかのような罪悪感を感じる。
「……洸也、今日は遊ぶつもりだね?」
「へ……? なんで?」
「水着、着てるし」
「えっ! これ水着なの!?」
俺が短パンだと思っていたのは、どうやら海パンだったらしい。
「今日で仕事終わらせるから、待っててね」
「おっ、おう……」
「それと、僕はいつでもハグしていいよ」
両手を広げて、口元だけ笑いながら小首を傾げるグレイに、思わずひきつり笑いが浮かぶ。
別に俺、悪いことしてないし! 罪悪感とかいらねーから!
そのままグレイに抱きしめられて、食卓の席についた。
待望のみそ汁の具材はほうれん草だった、さすがに豆腐とわかめは無かったらしい。そして出汁の味はしなかった……少し物足りないみそ汁の味だったけど、久々の温かいその味に俺の心は満足した。
「洸也がミソスープが好きなんて情報なかったよ?」
「日本人は全員みそ汁が恋しくなるんだよ」
「そんなに喜ぶなら、コーヤのために日本食練習するか」
みそ汁を飲みながら、ジェイスが嬉しいことを言う。巨乳でエロくて、飯が上手くて、気立がいい……嫁にするなら最高の相手だな! デカくてマッチョで巨根だけど。
グレイは手早く朝ごはんを摂ったかと思うと、早々に部屋に引っ込んだ。
「アイツなんであんなに仕事してんの? 休暇中なんだろ?」
「元々の休暇を早めたんだ、急だったから会議とか立て込んでるんだろ」
ふーん……まぁ、日本支社次期社長だもんな。俺なんかとは違って代わりが効かない、忙しいに決まってる。
ますます俺を拐ってきてまで、こんなところに連れてきた意味がわからない。
何も誘拐なんかしなくたって、最大手の取引先、しかも次期社長からの呼び出しなら、俺も会社も拒否なんて出来ないんだから……。
枕営業しろって言われたら、さすがに拒否したけど。
朝ごはんをお腹いっぱい食べて、することも無くなった。またもや暇を持て余した俺は、ジェイスの元に向かった。
ジェイスは食事だけじゃなく、洗濯やら掃除やらまでやっていた……ボディガードというより家政婦じゃないか!?
俺もさすがにタダ飯食らってるのは申し訳なくて、手伝いたいって言ったけど一人の方が早いと断られた。
確かに俺の家事スキルは壊滅的だ……俺の事ストーキングしてたわけだから、その辺はもちろん把握済みというわけだ。
ただベッドの上でゴロゴロしていると、本当に俺は何のためにここに居るんだって気になる。
ヤられる為だけの存在なんてごめんだ。
何もしてないのに不満なんて贅沢すぎるな……。
自嘲するように鼻で息をハンッと吐き出すと、隣の部屋から荒げたような声と、壁に物がぶち当たる音が微かに聞こえた。
恐らくそれは実際はかなりの騒音。割と防音がしっかりした部屋なのか、そのせいで小さく聞こえているというのが俺でもわかるほどに。
「グレイ……!?」
ただごとじゃ無いと部屋の扉へ向かえば、ジェイスが駆けつけた気配がした。
『待て、落ち着けよ!』
なだめるような声が聞こえて、部屋の扉を開ければグレイがジェイスの胸ぐらに掴みかかっているところだった。
「コーヤ、来るな! 八つ当たりだ、殴られるぞ!」
ジェイスのその声に反応するように、グレイが顔面を殴ろうと拳を振り上げた。
ジェイスが殴られるのを黙って見てる訳にもいかず、思わず後ろから捕まえようと試みる。
「グレイ、暴力はダメだって!」
急いでジェイスがグレイの両腕を掴んで、二人して暴れる一番小さな支配者を取り押さえた。
……かに見えたが、グレイはそのままジェイスの腹を蹴って、その巨体を倒した。
両手が自由になったグレイが俺を振り返って、陽気なアロハシャツの襟首をつかみ上げる。
ヤバい、俺も殴られる!
そのまま俺を半分持ち上げるかのようにしたグレイは、俺を後ろにぐいぐいと追いやり……そのまま俺の部屋に。
えっ!? どこまで!? 俺、どこまでこのまま連れて行かれんの!?
困惑しているうちに、ボフンとベッドに転がされた。
あっ……これ八つ当たりでヤられる!?
フーッ、フーッと息を荒げるグレイの顔は、ライトの逆光でよく見えない。
せめて痛くしないで欲しい、抵抗なんかしないから、平手打ちだけはもう勘弁して欲しい。
祈るように目を瞑ったら、グレイの体重が自分にのしかかってきた。
でもそれは俺に無体を働くものではなく、甘えるように擦り寄ってきて……。
「洸也……僕を愛して」
泣き出しそうな声で、子供みたいに……俺に縋り付いてくるその仕草にホッとして、そして愛おしさのようなものを感じてしまった。
でも俺は、そのグレイの要望に言葉で返してやる事はできない。グレイが本気だとわかるほど、簡単に嘘をついて、都合のいい言葉を差し出すことはできなかった。
ただ強く両腕で俺に抱きついてくる背中を、落ち着かせるように抱き返した。
「仕事でイヤなことがあったのか? だからってジェイスを殴るなよ」
「ゔーっ……」
聞きたくないとでも言うように、俺の胸に頭をグリグリと押し付けてくる。
「何かあったら俺のところに来いよ、抱きしめてやるくらい、いつでもしてやるから……」
「……」
次期社長とはいっても、まだ二十歳だ。しかも俺が見ている限り、グレイは少なくとも身内に対しては、実年齢よりかなり幼い行動を取るような気がする。
両親からの過剰な期待とか、愛情不足とか……そんなものがあるのかもしれない。
「洸也……僕のものになってよ」
顔を上げたグレイが近づいてくる。俺の口元でピタリと近付くのを止めるから、俺から軽く触れるだけのキスをした。
「ジェイスを殴らなかったご褒美な」
蹴ったけどな。
「……仕事終わらせてきたら、もっとご褒美くれる?」
「あぁ、ただ暴力は無しな」
「洸也のところに来るのは?」
「いいよ、どうせ俺はお前と違って暇してる」
「……戻る」
ベッドから起き上がって、グレイは少し機嫌を取り戻したかのように歩き出した。
俺の部屋の扉にはジェイスが立っていて、その腹を殴るわけじゃなく、コツンと拳を軽く当ててから部屋へ戻っていった。
「今のなに?」
「あー……アレはごめんなさいだ」
いやいや、ちゃんと口で言えよ。
体を起こしながら、思わず呆れるように失笑してしまったが、ジェイスは満更でもないようだ。
お前、グレイに甘すぎるんじゃないか?
「コーヤが居たら、グレイは上手くいくのかもしれんな」
「なにが?」
「グレイが休暇を前倒しにした理由な……日本支社の人間を殴りそうになったからなんだ」
「なっ……」
アイツ仕事でも殴りかかるのかよ! さすがにそれはマズイだろ!!!
「グレイが若いことを理由にな、嫌味みたいな事を何回も言われて、とうとうキレたんだが……親父さんに話が伝わっちまってな」
「むしろあの性格でよく何回も我慢できたな」
「……その回数だけ俺が殴られたけどな」
思わず頭を抱えてしまった。ジェイス、お前はなぜそこまでしてアイツの下で働いているんだ?
「お前、よく耐えたな」
思わずジェイスの盛り上がった肩を叩いた。
「殴られるのが分かっていれば大丈夫なんだが、アイツも鍛えはじめて最近は痛くてな……」
その声は結構切実で、本気で不憫に思う。
「けどまぁ、今度からはコーヤが止めてくれるんだろ?」
ニヤッと俺に笑いかけたジェイスは、俺たちのやり取りをひと通り見ていたらしい。
「期待してるぜ相棒」
「こんな貧弱な棒で大丈夫か?」
「俺はコーヤの棒も入れてみたいけどな、硬さはなかなかだぜ」
おい、ここで下ネタかよ。
俺の背中をバンバンと叩いて、ジェイスは自分の仕事へと戻っていった。
か、硬さ……褒められた!
これは喜んでいいのか?
気立てのいい美形の巨乳に言われたら、悪い気はしない気がするな。
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