16 / 31

海 —素体—

 親の愛情不足と過度な期待……。  俺は平凡な家で、平凡に暮らして、弟妹たちの方が優秀なくらいだった。それでも長男ってだけで、兄貴だからって無意味な自信とプライドがあった。  きっと俺はグレイが抱えるものなんて、一生わかってやることはできないだろう。  隣の部屋で暴れていないか耳を澄ませながら、ふとコテージの天井の木目を見ながらぼんやり思った。  そういえば昔……親の期待に応えたいらしい、悩める少年の相談に乗ったことがあったかな。  いつだったかな、高1、2くらいだったはず、受験生ではなかったからな。  地味に中二病を引きずっている頃で、あの頃はカッコつけて恥ずかしい事ばかりを言っていたような……ああああ! 思い出したくない! 恥ずかしい!  妹や弟たちと同い年くらいの少年に、ドヤ顔で言い放ったんだ。 『好きに生きろよ、お前の人生だろ』  ドヤッってな……だめだ、思い出して恥ずかしくて死にそうだ!  堪えられなくなって枕に顔をうずめて、ひとりベッドの上でのたうち回った。  なんで今更記憶の奥底にしまい込んだ出来事を思い出すかな!?   ……。  ……あれ?  俺の記憶が確かなら、あの時の少年は黒髪だったはずだ。  いや、でも、待てよ……。  思わず部屋を飛び出して、洗濯物を畳んでいるジェイスの元に馳せ参じた。 「ジェイス! あのさ、俺とグレイが会ったっていう9年前の話! お前知ってんの!?」 「あぁ!? まぁオレは聞いた話しか知らないが」 「俺の記憶が間違ってないなら、アイツ黒い髪だったんだけど……?」 「あぁ、それはオレがやった」 「おい……」  思わず頭を抱えた。  それを早く言ってくれよ!  地方から出てきた日本人の少年だと思ってたぞ! 完全に!! 確かに独特な訛りがあったけど、めちゃくちゃ日本語上手いし……!!!  顔は正直覚えていない、顔を見もしなかったのかもしれない。あの頃は自分に酔ってたからな。 「グレイをそのままの見た目で送り出すわけないだろ、誘拐されたら……って、思い出したのか!?」 「変装させてたって教えてくれてたら、もっと早く思い出せたかもな」  あの派手な見た目だ、つい自分の頭の中で栗色の茶髪に、ブルーグレーの瞳を検索するのは仕方ないだろ!  恐らくグレイは、俺が思い出した少年で間違い無いだろう。 「グレイに教えてやれよ、きっと喜ぶぞ」 「……そうかな」  ジェイスに微妙な返事をしながら部屋に戻った。 「……もっと特別な何かがあると思ってた」  俺は何を期待していたんだろうか。漫画や小説のヒロインよろしく、グレイとの感動的な話があると思っていたのか?  残念なのかなんなのか、自分でもよく分からないが、気持ちとしては複雑だ。  だって俺からすればただの黒歴史! グレイが一体その黒歴史のどこに俺に惚れる要因があったのかわからない! 「はぁー……やる事ねーな」  グレイにいつでも来いなんて言った手前、部屋に来て俺が居なかったら落ち込むだろうかとか、そんな気の回し方をしてしまった。  よく考えれば、別に俺が部屋で待っている必要はない。俺が必要ならグレイの方から来るんじゃないか?  少し不貞腐れるように、外に出ようと部屋の扉に向かった。  すると俺がドアノブに触れる前に、向こう側から扉が開かれた。 「洸也、終わったよ!」 「ん!? おっ、お疲れさ……ッ!」  最後まで言い切る前に、全力で抱きしめられた。 「待たせてごめんね」 「お、おう……」  まるで俺がグレイのこと、すごく待ってたみたいな雰囲気じゃないか!? 頭まで熱くなるみたいに恥ずかしくなった。  部屋に押し入ってきたグレイに日焼け止めを塗られて、部屋から引っ張り出されるように砂浜へ連れて行かれた。  グレイは俺が泳ぎたがってると思っているんだったな……単純に海パンを普通の短パンと勘違いしてただけなんだけどな。  仕事のストレスを発散するようにはしゃぎながら表に出たグレイと、それに追従するように出てきたジェイス……。  砂浜まで出てきて後ろを振り返れば、ジェイスの水着は絵に描いたようなブーメランパンツで思わず吹き出した。 「ジェイス! お前、それ! 飛び出るんじゃないか!? はいてる意味ねーだろ!」 「そそるだろ?」  腰に手を当てながらながらウィンクしてくるジェイスに、余計に吹き出した。 「……そうだよね! 水着なんて意味ないよ!」 「は!?」 「だってここには僕たちしかいないんだから、水着なんていらないでしょ!?」  完全に浮かれて目を輝かせたグレイが、さも当然かのように水着に異議を唱えはじめた。 「俺はそういうつもりで言ったわけじゃ……!」  俺の話も聞かずに、グレイが砂浜に水着を投げ捨てた。 「いいなそれ!」  ジェイスまでノリノリで、その小さいパンツを脱ぎ捨てる。 「マジかよお前ら!」  お尻丸出しで海の中にざぶざぶ入っていく二人を、若干引きつつも少し羨ましく呆然と眺めてしまった。  二人が太ももまで海に入った辺りで、ぴたりと止まってこちらを振り返った。二人とも肌が白いから、太陽の下だと眩しいくらいだな……。 「洸也もだよ!」 「えっ、あぁ……行く行く」 「違う! 脱ぐんだよ!」  戻ってきたグレイが、おもむろに俺の水着を下げようとしてくる。 「やっ、やめろ! 俺は露出狂じゃねえええ!」 「尻の中まで知った仲だろ! 遠慮すんなって」  ジェイスまで近づいて来たので、警戒したところをグレイに羽交い締めにされた。  ジェイスから水着をはぎ取られて、遠くに投げ捨てられて! 男三人、全裸ビーチが完成した。 「そういえば、洸也はここ剃らないの?」  グレイが俺を捕まえたまま、俺の下の毛の下の肌をぐりぐりと押してくる。 「ッ! やめ……っていうか、むしろなんでお前らツルツルなんだよ!」  非常に今更だが、グレイもジェイスも綺麗に剃りあげているのか、見事に毛が生えていない……。明るいところで改めて見ると、それは余計に目立って見えた。 「よし、剃ろう! ジェイス!」 「OK、マスター!」  ジェイスが全裸でご機嫌にコテージに戻っていく! やめろ! 行くな! 「ウソだろ!? 冗談だよな!」 「綺麗になったら舐めてあげるよ」  グレイが舌なめずりしながら、俺の足の付け根を撫でる。 「お前っ、そういう触り方するなよ!」  抵抗するようにグレイの腕から抜け出そうとしたら、グレイから笑顔が消える。 「洸也……」  ビクッとした。低い声で脅されたら、俺は言うことを聞くしかない……。  グレイに平手打ちを見舞われたり、二人がかりで嬲られるくらいなら剃られるくらいッ……! 不本意だけど!  ジェイスがシェービングクリームとカミソリを持ってきて、俺はグレイの腕から解放された。 「僕とジェイス、どっちにやって欲しい?」 「……ジェイスで」 「えーっ! なんで!」  当たり前だろ、お前とジェイスじゃ信用度が違うんだよ! と言いたいところだが、言えば強制的にグレイにやられるだろうから黙った。 「ジェイス……頭以外全部やって」 「了解」 「ウソだろ!?」  ニヤニヤにじり寄ってくるジェイスから逃げようとしたら、グレイに再び捕まった。  海の中に入れられて、暴れたら切れるとか、海水は染みるとか脅されて……腕も足も、脇も下の毛も……全部ツルツルにされた! 「ううっ、これじゃしばらく温泉にも行けねーよ……」 「今度僕が貸し切ってあげるよ、それより潜ろう!」  ジェイスが持ってきたシュノーケリングセットを、全裸で装着していくグレイ。  今、さり気なく温泉に行く約束したよな?  全員裸で潜る準備を整えて、足早に二人は海に入っていく。全員成人しているというのに、アホなノリで何をやってるんだと呆れてしまうが、浮世離れしているようで少し楽しい。 「コーヤも早く来いよ!」  ジェイスが途中で止まって、俺の方を振り返った。 『ウミガメがいる!』  さくっと先まで潜りに行ったグレイが興奮して叫ぶのが聞こえた。え、今タートルって言った!? カメ!? 見たい!  全裸なのも忘れてグレイのところまで泳いでいくと、水の中は澄んでいて魚が泳いでて……どこまでも続く海底の景色が容易に想像できた。  グレイの側まで行くと少し遠くにウミガメがいて、エサと間違われて食われるぞ! なんてジェイスが冗談言って、全員で股間隠して、バカみたいに三人で笑った。

ともだちにシェアしよう!