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エプロン

 今日の取り立ては二件。そんなに大変な仕事ではなかった。 「すみません返しますからちょっと待って下さい」と謝りながら土下座をする男。 「すみません後少しで返せます…すみませんすみません」と言いながら後退りし、おんぼろアパートの二階から飛び降りて逃げようとした男。  下では部下が待ってるって頭ないのかね〜。まんまと捕まった。土下座も腹の足しにならないし、見てても面白くないし。  あんな謝ったりするようなら借りなきゃいいのに。そんな世の中になったら商売上がったりってもんか。    なんていう下らないことを考えながら家路を急いだ。今は瑞希という急ぎたくなる理由がある。朝の出勤よりも、帰宅のが足取りが軽い。  さて、俺と瑞希どちらが先に帰るのか。  玄関を開けると室内が明るかった。瑞希のが先だ。 「遼一お帰り~」  今日も今日とてあまり好きではないドスをきかせたイカツイ男ばかりの声にうんざりしてたから、男にしては高い声でお帰りと挨拶してくれる瑞希で癒やされる。しかも、なぜか可愛いエプロンをして料理してるじゃないか。これは現実なのか、はたまた俺の願望が見せてる幻覚なのか。 「た、だいま…そのエプロンて…」 「あっ、これね。ここで家事する用に俺のエプロンが必要だなと思って。会社からここに真っ直ぐ帰って来る途中には、こういうの売ってるお店しかなかったんだ。変かな?」  多分少しだけ遠回りすれば、普通に男がつけてもおかしくないエプロンが売ってただろうに。       瑞希がつけていたのは、カフェの店員さんがつけるような短いタイプの黒いエプロンに、これでもかと言う程ふんだんにフリルとリボンがついていたのだ。  会社から真っ直ぐって言った俺の言葉を忠実に守った結果らしい。思い切り似合うと褒めていいものか。あんまりテンションあげたらドン引きされる可能性もある。 「おかしくはないからいいんじゃん」  考えた挙げ句素っ気なくなってしまうという…ね。 「じゃぁ良かった。家事するためだから見苦しくなければいいんだ」  瑞希…それでいいのか…と思いつつ、合理的なのかもしれないと思わされる。  ともあれ、そんなカワイイ格好をした瑞希に触れれば癒し効果が倍はある気がして、まだカバンも置いてないというのに抱きついてしまった。 「遼一、これも慣れる練習?」  そうじゃなくてただ癒しを求めただけだけれど 、それを口実にしてしまおう。 「そうだよ、人肌に慣れる練習」  俺に慣れてきたのかしらないけど、俺の背中に可愛い手が回ってきた時、ドキっと音がした気がした。  瑞希。恋しい瑞希。もうこの感情は無くなったと思ってたのに。  再会したらダメだった。せっかく触れられる距離にいて、抱きしめることもできてるのに。  離れなきゃと思っても、瑞希は匂いも甘いなと考えてしまったらダメだった。  せっかく夕飯を作って待っててくれたんだから温かいうちに…という気持ちは吹き飛んで、近場のソファーに雪崩れ込む。 「これは瑞希が早く店に出られるようになるためだよ、早く俺に触られるの馴れてね」  そんな言い訳をする自分にうんざりする。仕事の時は偽りの姿なんだから仕事以外の時は自然体でいたいのに。  

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