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大事なもの
−−−鈴木遼一side−−-
「若、市川さんが若に手紙置いて帰りましたよ」
夕方事務所に戻ったら、残っていた若い衆に声をかけられた。
手紙?博美さん、そんなもん置いてく人じゃないだろ。
『先に帰る。お前の大事なもんは貰っとく』
たった一文だけの短い置き手紙。博美さんらしいっちゃらしいけど、博美さんなら、その辺に残ってる若い衆に言付け頼むとか、俺に直接電話をかけてくるはず。
おかしい。
その上、俺の大事なもんて今は瑞希しかいない。
瑞希!嫌な予感がした。早く店に出しゃいいだろって言ってた博美さん。俺がもたもたとウジウジしてたから、見かねて瑞希に手を出して店に引っ張って行く気だ。
「若!カチコミっすか?!」
俺の尋常じゃない姿で何か勘違いした奴が話しかけてきた。
「違うよ。じゃ、俺帰るから」
事務所を出たら猛ダッシュ。エレベーターを待つのがもどかしく、非常階段を三階分駆け下りた。
大通りに出てタクシーに乗りたいんだが、こんな時に限って客を乗せてるタクシーばかり走ってやがる。どうする、走るか、俺は運動不足で遅いぞ?
迷っていたら空車のタクシーがきた。
すかさず手を上げて乗り込む。家の住所を告げ、五分から十分しかかからない距離なのは分かってた。
待ってる時、急いでる時の五分は長い。腕を組んで貧乏揺すりしながら目つきの悪い俺を、運転手がバックミラーでちらちら見ている。何もしねーし、すぐ降りるし。
タクシーを降りて今度はエレベーターを待つ。手に汗をかいてるのに気づいた。
情けない。こんな大事な存在なら、さっさと俺のもんだと腹をくくれば良かったのに。
玄関の開いて叫んだ。
「博美さん!何してんすか!瑞希は俺だけのです!誰にも、博美さんにも客にも抱かせませんから!」
何も言う言葉を用意してなかったのに、すんなりと出た。
そう、借金さえ考えなきゃ単純なことだったんだ。
博美さんはわざと置き手紙をしていったんだ。邪魔者は出ていくよとばかりにさっさと帰っていった。博美さんらしいや。ありがとう。
「遼一。今のって…?」
「ん。聞いての通りね。俺が瑞希に惚れてるから、客になんか勿体無くて触らせたくないってわけ」
「あはっ、俺も。俺もね、さっき市川さんに触られて、遼一じゃなきゃ嫌だって言ったんだよ」
まじかよ。博美さんにそんなこと言ったんだ。瑞希…。おかしいな、俺ら二人共、身動できなくなってたんだ。借金のせいで。
最も、借金が無ければこうして再会することはなかった。
おかしなもんだ。
初めて瑞希の方から唇にしてきてくれたキスは、甘くて目眩がして、このまま脳ミソ溶けるのかもと思った。
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