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 母さんに言われてあたふたしてた親父だが、「こほん」と咳払いをして話し始めた。いや今更威厳出そうとしても前のように怖い親父には見えなくなってるからな。 「俺はずっと和食派だった。しかしな、たまたまうちで金を貸したパン屋が近くでオープンしたようだと、その時の運転手が言ったんだ。普段なら何も気に留めなかっただろう。何故か覗いてみようかって気になった。うちで貸した金がどんなパン屋になったのか。パン屋の駐車場ではなく、近くのコインパーキングに停めてもらい、少し歩いて外観を眺めるだけのつもりだったんだ」  親父はその時の光景を思い出すかのように、斜め上を見て笑った。 「眺めるだけのつもりだった俺のところにな、二人の子供が来てな、言うんだよ。お店のオープンに来てくれたんですか〜?って。強面の俺を一つも怖がる様子なく、両脇から手を繋いで、こっちですよ〜って引っ張られては、違うとは言えなかったんだ」  それはまさしく瑞希の双子の弟妹、夕陽と日向だろう。二人が親父の両手をとって、店に引っ張ってく様子が想像できるな。 「でな、店に入ったものの、普段食わないものだから、どうした良いかウロウロしていたら、そこの店主が試食を持ってきてくれてな。あれよあれよと言ううちに色んな種類のパンを食べてた。甘ったるい女子供の食い物だと思ってたパンは、惣菜パンもあったり、もちろん甘いものもあったり、試食でかなり食べてしまったことに気付いて、店内のあらゆるパンを買って帰ってんだ。それから、その店の常連になったってわけだ」  知らなかった…親父が瑞希の両親のパン屋の常連だったなんて…。 「俺はさ、普通に接してくれるあの子供たちと、店主と奥さんにヤクザだって言いたくなかったんだ。借金の利息を減らしてやりたくなったが、なかなかその話は出来なかったんだ。普通の客としていたかったから……。瑞希くん、ほんとに良いご両親だったよな。遅くなったがお悔やみ申し上げる」 「ありがとうございます。そ、そんな、頭を上げて下さい」  俺は親父がこんなに深々と誰かに頭を下げるのを見たことがあっただろうか。  男が頭を下げると弦が緩むなんて事をいう人間だったはずだ。それだけ、瑞希の両親のパン屋に通ってたんだな……。

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