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第3話
数日、先輩は学校に来なかった。姿を見れないのが寂しくて、痛みから違和感に変わった左胸をそっと押さえた。
こんなところにピアスを付けているなんて先生にはわからないだろう。体育の時間だけは少しヒヤヒヤしたけど、まだ誰にもバレていない。先輩だけが知っている。
ようやく頬のガーゼも取れて僕の見た目は一見元通りになった。だからか、クラスメイトも少しならちょっかいを出していいと思ったらしい。
「な、貸してくれって言ってるだけだろ」
僕の家は少しだけ裕福で、親が家を留守にしがちだ。だから普通よりお小遣いを貰っているというのはあると思う。それを知ったクラスメイトは、たまにこうして僕にお金を使わせようとしてきた。
「やばいんじゃねえの……」
「平気だよ、怪我させなきゃバレない」
「ほら早く出せよ」
僕は諦めて財布を出そうとした。僕は弱々しいから、どう足掻いても抵抗なんて出来ない。痛いことをされないためなら、すこしくらいお金を取られても仕方ない。
でも、その必要はなくなった。目の前のクラスメイトが青ざめたから。
「やべえ」
クラスメイトは僕が見えなくなったみたいに一目散に逃げていった。そっと逃げたのとは反対の方向に視線を移して、僕は体温が上がるのを感じた。
「誰?」
先輩はクラスメイトのほうを眺めて尋ねた。瞳が獣のように爛々としていて、きっと名前を教えたらなにかされるんだろうなと思った。
「知らない奴?」
「……く、クラスの、人です」
彼らが可哀想だけど、先輩に嘘はつきたくなかった。先輩は興味がなさそうに相槌を打つと、僕の肩に手を回した。
「今日、来いよ」
整った顔がすぐ近くにある。僕はやっぱり見とれて、声が出ないまま小さく頷いた。
今日、先輩は僕を座らせなかった。パイプ椅子に腰かけた先輩が僕を見上げている。長い指がまた僕の制服を剥いていった。
「まだ痛い?」
「もう、痛くない、です」
先輩は僕のピアスを摘んで軽く動かした。痛くはないけど、貫通したピアスの感覚に背筋がぞわりとした。
僕の表情を眺めて、先輩は鞄から別のピアスを取り出した。彼の片耳に同じ形のものが付いている。それを僕の左胸のものと付け替えて、先輩は微笑んだ。
「おそろい」
短い言葉だけど、僕は顔を熱くしてこくこくと頭を縦に振った。先輩とおそろいのものを付けられたのだ。すごく幸せな気持ちになった。
先輩は満足したように煙草に火をつけて、僕の手を引いた。これまでいた部屋とはまた別の部屋に連れていかれる。今度の部屋は、仲間の溜まり場から少し離れた場所だった。がらんどうではなくて、古いソファや捨てられていたような壊れかけの家具がいくつも置いてあった。
先輩がソファに座り、隣を叩く。僕は少し迷いながら、遠慮がちに腰を下ろした。先輩の隣、しかも同じ高さに座ってしまっていいのだろうか。
そこからはいつも通りの時間だった。先輩が暇つぶしに僕を撫でて、無言の時間を過ごす。たまに、先輩の指が僕のピアスを弄るときがあって、そのたび僕は息を呑んで慣れない感覚に耐えた。
*
校内で、僕は『近づいてはいけない生徒』の一人になった。不良の先輩たちとは違う意味で。
僕のクラスには今、三つの空席がある。僕にお金を使わせようとした三人のものだ。三人ともひどい怪我をして、病院にいるらしい。
僕になにかすれば酷い目に遭う。僕はなにも出来ないし言えないけど、僕には持ち主がいるから、そちらに報復されるんだ。
僕が先輩に目をつけられているわけではないと、みんなも気づいたようだった。だからなおさら、誰も近づかない。
僕はさらに孤独になった。先輩だけが僕に接してくれるひとになった。
最近先輩は僕を傍らに抱くようになった。頭をあまり撫でなくなったかわりに、僕のピアスを引っ張ったり、突起を摘んで捏ねたりするようになった。
先輩の体温が触れている。その時点で僕の鼓動は暴れていたけど、日に日に左胸の感覚が体を火照らせるようになってしまった。
なるべく先輩の邪魔をしないようにと心がけるのに、指が先っぽを掠めるたびに息が乱れてしまう。すりすり、くにくに、次第に頭が痺れてぼうっとしてくる。
「……っ、ん」
とうとう僕は情けない声を漏らしてしまった。ぴたりと先輩の手が止まる。気に障ってしまっただろうか。
先輩が灰皿に煙草を押しつけて、遠くに煙を吐いた。おそるおそる顔を見上げると、いつも通りの冷たい笑顔がそこにあった。
「っあ」
またなぞられて声が出る。僕は五月蝿く思われたくなくて口を押さえた。
先輩は息だけで笑った。僕の肩を押して、ソファの肘掛けに押し倒す。温度の低い細長い指が、僕の両胸を弄りはじめた。
「ん、っ……ふ」
ソファの埃のにおいと、先輩のにおいがした。ピリピリと胸が痺れている。先輩の器用な指先が、たくさん僕を触っている。ぐるぐると渦巻く熱が無意識に僕の腰を揺らしていた。
「あ……ぅ、ん」
どんなに頑張ってみても声が抑えられない。下腹部が重い。先輩の指が気持ちいい。ほんのりと熱を帯びた先輩の瞳と目が合って、全身がぞくぞくと震えた。
「ん、ぅあ、──ッ!」
きゅっと先っぽを潰された衝撃で、僕の体が大きく跳ねた。頭の中がチカチカしてなにも考えられない。へなへなと力が抜けて、先輩の前だというのにだらしなく体を投げ出してしまった。
「面白いね、お前」
先輩が表情を変えずに言って、僕の額に張りついた前髪をどけた。僕は今だらしない顔をしているだろうから、見られているのがとても恥ずかしかった。
先輩はそのあと僕の服を整えて、何事もなかったようにまた僕の頭を撫でた。
その日から僕の体はおかしくなってしまった。先輩に胸を弄られるだけで、頭に火花が散って、しばらく動けなくなってしまう。
先輩はそれが面白いようで、僕を引き寄せてはピアスごと僕の胸を捏ねくり回した。僕はなるべく我慢するよう努めたけど、それでもだんだん声が抑えられなくなっていった。
「あ、あぁっ、あ……!」
ばちりと視界が真っ白になる。何度目かもうわからない。先輩に遊ばれた突起はすっかり赤く腫れて、以前より大きくなったように思う。
びくびくと震える僕を撫でて、先輩がまた指を伸ばす。彼が飽きるまで、延々と愛撫が続く。
「はぁ、は……っ」
何度も繰り返された僕はそのうち、普通に撫でられただけでも気持ちよくなってしまう。そこまできてようやく、先輩は手を休めるのだった。
この時間はとても恥ずかしくて、幸せな時間だったけど、帰ったあとの下着のことを考えると少しだけ気が滅入るのだった。
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