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第8話 噂の真相

 男もイケるクチか……    ふと気づくと榊原はそのことばかり考えていた。  俺の顔を好きだと言っていたな……  親切にしてくれていたのは下心でもあるんだろうか……    しかし出会った場所はお見合いパーティーなのだ。  少なくとも女との出会いを探していたのではないんだろうか。  いや、それとも男でも女でもどっちでも良かったのか。  女には懲りた、と言っていたような気もする。    もし下心があるのだとしたら、食わないのは榊原が負傷しているから、という理由だ。  治ればどうなんだろう……  スキを見て俺を抱きたいと考えたりするんだろうか。    目を瞑って倉田に抱かれているところを想像してみる。  榊原をじっと見つめる倉田の真剣な眼差しが脳裏に蘇る。    いったい俺は何を考えているんだ、と振り払うように妄想を追い出す。  思わず倉田に抱きしめられてキスされるところを思い浮かべてしまった。    何をドキドキしているんだ……俺は……     でも、倉田先生ならいいんじゃないのか?  きっと優しくしてくれるだろう。  百戦錬磨というぐらいだから、男を抱くのも慣れているはずだ。    倉田に抱かれたら、あの嫌な記憶は消せるのではないか、と榊原の発想はとんでもない方向へ進んでいった。  好きでもない男に犯されたという屈辱的な辛い記憶。  このままでは村井に突っ込まれたということだけが、唯一の男とのセックスという記憶として残ってしまう。    翌週になって倉田のところを訪れた時に、傷は完治したと告げられた。   「思ったより早く治って良かったな」 「そりゃ、真面目に通いましたからね」    治ったのは嬉しいが、これでもうここへ通ってくる理由はなくなってしまった。  たまには遊びに来ても倉田は何も言わないだろうが、今までのようにしょっちゅうというわけにはいかないだろうな、と思う。    いつものように倉田は飯を食っていけ、と榊原を誘い、二人で食卓を囲んでいた時に、榊原は思い切って気になっていたことを聞いてみた。  もう当分会えないかもしれない、と勇気を振り絞ったのだ。   「あの……俺、ちょっと知り合いから倉田先生の噂聞いたんですけど……」 「なんだ。その様子だとロクな噂じゃなさそうだな」    はっきり言え、と促されて榊原はゴクリと唾を飲み込んだ。   「先生は男もイケるって……本当ですか?」    倉田は驚いたように目を見開いたが、どこでそんな噂を聞いてきたんだと笑い出した。   「医者仲間からちょっと……」 「おおかた外科の村井あたりから聞いたんだろう?」    今度は榊原が驚く番だった。倉田は村井を知っているのだ。  聞けば倉田と村井は同じ医大の出身で、以前は同じ病院に勤めていたこともあるということだった。  今は付き合いはない、と聞き榊原はほっと胸をなでおろす。  村井と親しくしているのなら、榊原のことを聞かれれば嘘がバレてしまう。   「まあ、若い頃はいろんな無茶もしていたしな。確かに男でも女でも恋愛するのに問題はないな、俺の場合」 「そうなんですか……」    榊原は考えていた次の台詞を言おうかどうか迷って、黙り込んでしまった。   「おい、だからって俺は無理やり男を襲ったりはしないぞ。俺はセックスは楽しむ主義だからな。無理やりというのは主義に反する」    倉田の口からセックスという露骨な言葉が飛び出して、思わず榊原はピクリと身体を硬くする。   「怯えるなよ……楓を襲ったりなんかしないから」    倉田はちょっと困ったような顔をして、榊原の顔色を伺うような様子になった。   「なぜそんなことを急に聞くんだ。俺が怖くなったか?」 「違うんです……逆です」 「逆ってどういうことだ」    倉田はふいに真剣な目になり、榊原の顔を見つめている。   「倉田先生なら優しいから……怖くないから……」    言い始めると止まらなくなり、榊原は自分の気持ちを告げてしまった。   「俺、倉田先生になら抱かれたいな、って思ったんです」 「楓……」    倉田は呆気にとられたように絶句していたが、榊原の言ったことを笑い飛ばしたりもせず、やがて言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。   「お前な、傷ついたからヤケになって他の男にでも抱かれたら気がまぎれるとでも思っているのなら、それは傷を増やすだけだぞ。もっと自分を大事にしろ。そんなことをしたって、過去は変えられないんだ。落ち着いたら彼女でも作ればきっと忘れられる」    ほら、食われないじゃないか、と榊原は先輩社員の言ったことをちらっと思い出した。  倉田は相手に不自由するようなタイプではないし、自分のようなややこしい傷を負った男に手を出して傷つけるようなことはしないだろう。    半分は想像通りの答だった。  だけど、あとの半分は納得できない気持ちも榊原の中にあった。    倉田は自分のことをどう思っているのだろう。  親切にしてくれてはいるが、抱きたいと思うような魅力は俺には感じないんだろうか。   「倉田先生は、俺のことどんな風に思ってたんですか……なぜ優しくしてくれたんですか?」 「楓は……そうだな、年の離れた弟みたいに可愛いとは思っていたな。最初から」 「弟ですか……」 「捨てられて傷ついている子犬みたいだったからな。放っておけなかった」 「それだけですか」 「つっかかるな。いったいどうしたんだ、今日は。何か嫌なことでもあったのか」    そばへ来て子供にするように頭をなでようとする倉田になぜか今日はイライラした。

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