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第9話 キスしてくれた

「俺を子供扱いしないでください! 俺、本気で言ったのに。先生に抱かれたいと思ったのに!」    無茶を言って困らせているのは自分でもわかっているけれど止められなかった。  ここまで恥ずかしい告白をしたのだから、引き下がれないと意地を張ってしまう。  俯いたままの榊原の様子に倉田は小さくため息をついた。    嫌われただろうか……  榊原が俯いた顔をあげられずにいると、倉田が腕をとり椅子から立たせた。   「楓……こっちに来い」    倉田は榊原をソファーに座らせると、自分もその隣に座り、肩を引き寄せるようにして抱きしめた。   「楓は寂しいのか?」 「そう……かもしれない」 「俺がこうして触れているのは嫌じゃないのか」 「嫌じゃない。温かいと思う」    倉田は榊原の頬にそっと触れると、そこに唇を落とした。   「怖くはないのか」 「怖くない。ちょっとドキドキしてるけど」    榊原は重くなってしまった空気を変えたいと思って、微笑んでみせた。   「じゃあ、目を閉じてみろ」    唇にそっと触れる温かいものを感じた。  キスをしているのだと気づいた瞬間に、榊原は急激に胸が高鳴るのを感じた。    男とキスをするのは初めてだ。  村田は榊原にキスをしたり身体に触れたりするようなことはなかった。  ただ突っ込んだだけだ。    何度か触れ合わせるだけのキスをすると、倉田はソファーの上に榊原の身体を優しく押し倒し、今度はさっきよりも深く唇を合わせてきた。  舌がすべりこんでくると、榊原はしびれるような感覚に襲われ、思わず身体が震えてしまった。   「やっぱり怖いんだろ」 「違う、怖くない……なんていうか、ゾクゾクした」    子供のようにたどたどしく感じたことをそのまま口にする榊原が可愛くて、倉田はクスっと笑ってしまう。   「俺、男とキスしたの、初めてです」 「そりゃあそうだろう、楓は男が好きなわけじゃないんだろ」 「うん……でもこうしているのは嫌じゃないんだ、不思議なんだけど」 「キスもか?」 「ん……もう一回してみて」    倉田は堪えきれないというようにクスクス笑いながら、もう一度優しくキスを落としてやる。   「ん……やめないで……もっと」 「困ったヤツだな」    榊原は倉田の背に手を回すと、離さないというように抱きついた。  急に子供が甘えるような態度になってしまった榊原だが、倉田がそういう態度に弱いということをなんとなく見抜いていた。いつも倉田が榊原のことを子供扱いしては嬉しそうな表情をしているのを感じていたからだ。    次第にキスは深くなり、舌を絡めあうように二人は長い時間唇を合わせていた。  榊原が今まで経験した女性とのキスは自分からするばかりだったが、キスはするよりされるほうが気持ちいいような気がする。  倉田のキスは眩暈がしそうなほど巧みで、優しかった。  榊原はだんだんと呼吸が乱れ、自分の下半身が熱を持ち始めているのに気づいていた。  榊原は自分のそんな反応に、大丈夫だ、やっぱり倉田になら抱かれてもいい、と根拠のない自信を深めていったのである。  倉田の方はと言えば、榊原をなだめるためにキスをしてやっているけれども、理性は失っていないという雰囲気だ。   「楓、今日はここまでだ」 「どうして……」 「どうもお前が相手だと、いたいけな子羊を犯しているような気分になる」    倉田は大げさに眉根をひそめて額に手をあてる。   「また俺を子供扱いする」 「男とキスしたのも初めてなんだろ? 俺から見たら赤子も同然だ。俺に抱かれようなんて百年早いぞ」 「百年も待てませんよ、俺」    口をとがらせてめずらしく悪態をついてくる榊原を、倉田はそれでも可愛いと思っていた。  目を細めて穏やかな笑顔で榊原の髪をなでている。   「まあ、急ぐことはないんだから考え直してみろ。俺は逃げたりしないから」    確かに急ぐことはない。  キスをしてもらっただけで、榊原の気持ちは今日のところは満足していた。  少しは好かれているのかもしれない。  今日はここまで、と言われたことで、続きはまた別にあるのかと期待もできる。   「俺、またここに来てもいいですか」 「ああ、いつでも来たらいい。お前の食事ぐらいは向かいのばあさんが運んできてくれるからな」 「じゃあ、倉田先生に抱かれる計画はまた今度にとっときます」 「そうしてくれ。やっと傷が治ったと思ったのに、まったくお前は心配ばっかりかけるヤツだな。無茶するんじゃないぞ」 「無茶ってなんですか」 「ヤケになって他の男に抱かれたりするんじゃないぞ。そんなことをするぐらいなら俺のところへ来い。望み通り俺がヤってやる。いいな」 「だから最初から……」 「焦るなよ。お前が本気なら俺が男とセックスを楽しめるようにじっくり教えてやる」    倉田はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。  榊原はそんな倉田をポカンと見つめ、この男はいったいいくつの顔を持っているのだろう、と思っていた。    

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