14 / 18
第14話 対決
午後から別の病院で仕事が長引いたため、倉田のところへ寄るのはあきらめてまっすぐに帰宅した。
カバンから携帯を取り出すと中川から何度か着信があったようだ。
しつこいヤツだな……と思ったが放っておいた。
いつもなら中川から電話があればすぐに折り返しかけるのだが、何度説得されてもパーティーに行く気はない。
シャワーから出てくると、また携帯が鳴っている。ディスプレイを見ると中川だ。
こんな遅い時間にまでかけてくるなんて何か別の用事でもあるのかと思い、出てみる。
「榊原？」
「なんですか、パーティーの話なら行きませんよ。他にまだ用でもあるんですか」
「いや……その、今日は悪かったな」
「なにがですか」
意外なことに、中川はちょっとバツが悪そうに謝罪をしてきた。
「俺さ。別に注文と引き換えにお前に言うことをきかせようなんて思ってる訳じゃないんだ。あれは冗談だよ。お前がそんなに怒ると思わなかったんだ」
「いや……別に怒ってる訳じゃないんだけど……」
「榊原はさ。いつも笑って言うこと聞いてくれるから、断られるなんて思ってなくて、ついあんな言い方してしまったけど……嫌なことは嫌だって言ってくれていいんだ。言ってくれないと俺もわからないからさ」
「中川……」
「確かにさ、お前は俺と違っていい加減な嘘ついたりするようなヤツじゃないよな。俺、お前のそういうところは好きだし、一応友達だと思ってるんだぜ？」
「友達？」
「お前は病院に来ると俺にまで敬語使ったりするけど、今日みたいに言いたいこと言われると、高校時代に戻ったような気がしたよ」
ああ……何かが変わっていく予感がする。
電話を切ってから榊原はそう思っていた。
正直に自分の気持ちを人に伝えてこなかったから、今までうまくいかなかったんだ。
中川は、俺のことを友達だ、と言った。
友達なんかじゃない、と壁を作っていたのは自分の方ではなかったか。
注文を取りたい一心で必要以上にへりくだって卑屈になっていたのは自分の方だったのだ。
もう逃げるのはやめよう、どんなことからも。
村井のことだって、逃げていたって始まらない。
倉田にも本当のことを話さなければ……
もう何も怖いものはないと思った榊原だったが、倉田に嘘をついていたことを切り出すのだけは気の重いことだった。
月末は忙しい。成績がノルマに達していない営業社員は必死だ。
榊原はあれ以来村井のところにだけは顔を出していなかったが、決心してアポイントを取った。
思った通り夜の外来が終わってから来いと言う。
前回もそうだった。
だけど今回は村井の言いなりになるつもりなどない。
榊原には今回は策略があった。
決着をつけてやる。
倉田に二人きりにならないように気をつけろ、と言われていたので、中川に事情を話して助けてもらうことにした。
村井に暴力を振るわれたことがある、と言うと中川は驚いたような顔をしたが、実は他の職員でも暴力を振るわれたという話は聞いたことがある、と明かした。
倉田がそんなヤツは他でも同じようなことをしているはずだと言っていたが、その通りだったのだ。
「榊原……お前暴力振るわれたって、大丈夫だったか？ その……村井先生ってあんまり良くない噂のある人だから」
良くない噂、というのは多分強姦まがいのことを指しているのだろう。
中川は同僚医師なので言葉を濁していたが、榊原を心配している表情だ。
「ああ、俺は大丈夫だ。ちょっとケガをしたぐらいだけど」
ただ、念のため注文を聞いている間、部屋の外にいてくれないか、と中川に頼んだ。
十分以上出てこなかったら中をのぞいてくれ、と頼んだら中川は快く了承してくれた。
榊原は時間ぴったりに指定された外科の診察室へ行き、中川はすぐ前の待合で待っていると言った。
予想通り村井の要求は今月も注文が欲しければ身体を差し出せ、ということだった。
榊原は『そんな気はない』ときっぱり断言する。
「お前、いつからそんなエラそうな口聞けるようになったんだ。あの時は俺にヤられてヒーヒー言って喜んでいたくせに。今日だって自分からヤられに来たんだろう？」
「俺は注文を聞きに来たんです。注文を頂けないのなら、もう帰ります」
「おい待てよ、注文しないとは言ってないだろう。おとなしく言うことを聞けば今月もちゃんと発注してやる」
「俺はあの時もおとなしく言うことを聞いたわけじゃない。お前が無理やりそこにある拘束具で手足を拘束したんだろう」
「縛られてお前も興奮しただろう？」
村井はニヤニヤと舌なめずりをしている。
しかし榊原は今日は引き下がらない。
引き下がるどころか村井を煽るのが目的なのだ。
「俺は商品以外のものは売らない。男の身体が欲しければ、そういう風俗にでも行ったらいいだろう」
「なんだと」
榊原が嘲笑するように言うと、村井の顔色が変わった。
「俺はお前に犯られた傷を医者に見せた。診断もついている。今回同じことになれば今度は傷害で訴える」
「そんなことができるものか」
村井は明らかに動揺している。
榊原はポケットから小型の音楽再生機を取り出してニヤっと笑った。
「悪いが今の会話はこの録音機で全部録音させてもらった。俺に手を出せばこれを証拠として警察に持っていく」
「お前……馬鹿にしやがって！」
村井は録音機を奪おうと榊原に殴りかかった。
榊原は抵抗せずに村井に顔を殴らせてやった。
予定通りだ。
ともだちにシェアしよう！
