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第15話 問い詰められた
村井は録音機を取り上げると勝ち誇ったような顔になり、無理やりズボンを脱がせようと榊原を押さえつける。
「何をするつもりだ」
「決まってるだろう、お前みたいなヤツにはお仕置きが必要だ。泣いても喚いてもここには助けなど来ないぞ。お前がもう勘弁してくれというまで犯してやる!」
「それはどうかな。扉の外には中川が待ってるんだ。十分で戻ると俺は言ったからな。俺がなんでケガなどしたのか不思議に思うだろうなあ」
「中川だと?」
村井が手をゆるめた隙を狙って榊原は診察室のドアまで逃げた。
「中川は何も知らない。ただ俺を待っているだけだ。しゃべられたくないなら、もうこんなことは止めるんだな。で、注文はするのかしないのかどっちだ」
「お前のところにやる注文などない」
村井は顔を真っ赤にして叫ぶ。
榊原はドアをあけ、少し離れたところにいた中川の顔を確認してから、村井を振り返った。
「お前、心底馬鹿だな。言っておくがさっきお前が奪ったのはただの音楽再生機で、本物の録音機はこのカバンの中だ。じゃあ、俺は帰らせてもらう」
診察室を出ると、ケガをした榊原の顔に気づいた中川が駆け寄ってくる。
「それ、村井先生にやられたのか?」
「ああ、でも大丈夫だ。俺は抵抗などしていないから、悪いのはあっちだしな」
「なんでそんなことに……」
榊原は首をすくめて笑ってみせた。
「注文が欲しければ貢物をしろと言うので、断ったんだ」
その日は倉田のところへ行くと言ってあったのだが、榊原は言い訳を考えていた。
後のことまで考えていなかった。
派手に顔を殴られたので、何があったと問い詰められるのは目に見えている。
嘘は通用しないよな……
相手は外科医なんだし、ケガの種類ぐらい一目瞭然だ。
考えている間に、倉田医院に着いてしまった。
同僚とケンカしたとでも言っておくか……
「誰にやられた」
榊原の顔を見るなり、倉田は顔色を変えて詰め寄った。
「ちょ、ちょっと同僚とケンカして……」
「ケンカ? お前が殴り合いのケンカなどするわけないだろう」
「俺は手出してないけど」
「一方的に殴られたのか? 何があったんだ。傷は顔だけか? お前まさか……」
倉田は一瞬口ごもる。
榊原は倉田の表情を読んで先に答えた。
「犯られてないよ。断ったし」
「断って簡単に済む相手じゃなかったんじゃないのか。暴力まで振るわれて」
「中川が部屋の外で待っていてくれたんだ。二人きりになるなって言われてたから、念のために待っててもらった」
倉田はため息をついた。
「楓、ちょっとそこへ座れ。まずはケガの手当てをしよう。何があったのか俺にわかるようにちゃんと説明してくれ」
榊原は手当てをしてもらいながら、ポツポツとかいつまんで話をした。
倉田があんまり深刻な勢いで問い詰めるので、ごまかせそうにはなかった。
どうしても仕事でその相手に頼まなければいけないことがあって診察室に呼び出されたこと。
再び関係をせまられて断ったら暴力を振るわれたこと。
その一部始終を録音していたこと。
倉田は榊原の説明を聞いて、眉間にシワを寄せて考えこんだ。
「楓、その録音俺に寄こせ」
「な……なんでだよ。どうするつもり?」
「お前、その録音を持っていることで相手に恨みを買ったんだぞ。相手はまともな神経のヤツじゃないんだ。仕返ししようと考えるに決まっている。録音を取り返すためにお前を襲う可能性だってあるじゃないか」
「だからって……倉田先生にその録音を渡してどうこうできるわけじゃないだろ?」
「お前を犯ったヤツ、藤城会病院の医師なんだろう? 証拠があるなら俺がカタをつけてやる」
「どうやって」
「お前、自分の病院の院長の名前ぐらい覚えてないのか?」
院長……?
榊原は思わず、あっと声をあげた。
そうだ……確か院長は心臓外科の……
「院長の倉田正治は俺の親父だ。前は証拠がなかったから黙っていたが、証拠があるならそんな医者は俺から言ってクビを飛ばしてやる」
榊原は激しく動揺した。
父親が藤城会病院の院長なら、榊原がそこの医師ではないことぐらい知っていたのではないか?
倉田は知っていて今まで騙されたフリをしていたんだろうか。
もし知らなかったとしても、録音を聞かれれば榊原が医者ではなくMRだと言うことは会話で分かってしまう。
もう逃げられない。
倉田に本当のことを言わないと……
「でも俺……もういいんだ。訴える気もないし」
「何がもういいんだ、良くはないだろう。放っておけば第二の被害者が出るかもしれないんだぞ」
「分かってる。録音は渡すよ。だけど俺自身のことはもういいんだ。あのことがあったから倉田先生に会えた。あのことがなかったよりあったほうが俺にとっては良かったんだ」
「楓……」
「俺を犯ったのは村井先生だよ。知り合いみたいだから黙ってたんだけど」
「村井か……」
倉田は黙り込んで頭を抱えているが、その表情は怒りが露わになっている。
「アイツはロクなヤツじゃないとは思っていたが、まさかそこまでとは……」
「これ、録音機。だけど……聞くのは俺が帰ってからにしてくれませんか。俺、本当はあんまりそれ聞かれたくないんだ」
「心配するな。俺は何を聞かされてもお前のことを悪く思ったりはしないから」
倉田は榊原から録音機を受け取るとそれを机の引き出しにしまい、鍵をかけた。
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