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 こうして桃枝の深層心理を把握し、理解した上で他者との関係性を救済する。  管理課にとって山吹が必要不可欠な存在となりつつある、十一月の中旬。山吹が管理課に異動してきて、半年と少しが経過したある日のこと。 『──お前が好きだ』  物語が、嵐の方向へと舵を切り始めたのだ。  何度目か分からない、二人きりの飲み会。いつもの居酒屋で食事をしていた山吹は思わず、持っていたグラスを落としかけた。  チラリと、壁にかかっているカレンダーを見る。日めくりのカレンダーは、間違いなく十一月の中旬を示している。世界が嘘を推奨する唯一の日、エイプリルフールでは、なかった。……大前提に、桃枝がそんな冗談を好むタイプではないことを理解していたが。  すぐに山吹は桃枝に向き直り、ヘラリと笑みを浮かべてみせた。 『……ひとつ訊きますけど、課長。今日、誰かとボクのことを喋りませんでしたか?』 『喋ってはいないが、なんかあったのか?』 『あー、そうですか。……や、別に、なにも』  昨晩、山吹が融資課の元同僚と寝た、と。その噂──もとい事実を、どうやら桃枝は知らないらしい。あれだけ管理課職員との関係性が冷戦状態と遜色ないのならば、噂が届かなくても無理はないだろう。 『正直、驚きました。そんなピュアな言葉を投げられるなんて、久し振りすぎて』 『そうかよ。……で、返事は?』  いつぞやの、せっかちだと責められた時を思い出す。これではどちらがせっかちなのか、分かったものではない。  山吹の笑顔が、次第に萎んでいく。理由は単純で、山吹は【落胆】していたのだ。  やはり、どの人間も同じなのか。諦めのような感情が、山吹の心を徐々に浸食していく。 『ボクはやめた方がいいですよ、課長。……課長はご存知ないと思いますが、ボクは男女問わず誰とでも寝るような男ですし、課長とオツキアイを始めても確実に浮気をして、悲しませます』 『なんで浮気なんかするんだよ』 『そういう男だからとしか言えないですね』  どうせ桃枝も、山吹と寝られたらそれでいいのだろう。ならばわざわざ、常人が遣うような【恋人】という言葉を登壇させなくていい。 『これも課長はご存知ないかもしれないですけど、ボクは処女でも童貞でもないです。課長がボクのどこをどう好きになってくださったのかは分かりませんけど、もしも【キラキラしたカワイイ年下ちゃん】に見えているのなら、その期待には応えられません』  若しくはその逆で、なにかしらの噂を桃枝はたまたま耳にしたのかもしれない。桃枝の中では既に、山吹は【歩くセックス】と呼べるような存在に成り果てた可能性もあった。 『それとも、一回ボクと寝ますか? それで課長の目が覚めるかもしれませんよ? まっ、そのせいでなにかに目覚めても責任は取りませんが』  これでは、八つ当たりだ。らしくもなく、冷めた言葉を【あえて】選んでいる。その自覚をできている程度にではあるが、山吹は内心で憤慨していた。  悲しきかな、山吹はここで自覚する。桃枝に妙な信頼を抱いていた、ということを。山吹は桃枝に希望を被せ、絵空事で色を塗り、夢で包んでしまっていたのだ。  その贖罪として、一晩相手をするくらいなんてことはない。昨晩も男に抱かれたのだ。ワンナイトがなんてことなくて、当然だろう。  さて、桃枝はどんな歌を歌うのか。山吹は冷めた瞳を向けつつ、口角を上げてみせた。  鼓膜を揺さ振る音が、せめて少しでも愉快であるように。悪辣な思考に呑まれてしまわないようどうにか平静さを維持させながら、山吹は桃枝からの返事を待った。

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