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すると、なんということだろう。
『なら、浮気させねぇ』
返ってきたのは、なんとも。
『俺はお前と沢山の時間を共有するよう努めるし、寂しい思いもさせない。望むことがあるなら、なんだって叶えてやる。……だから、俺だけを選べ』
なんとも、純粋で。
『いや、違うな。……俺だけを、選んでほしい』
なんとも、ピュアな言葉だった。
勝手に期待をして、勝手に裏切られたつもりになって、またしても裏切られている。この状況がいったいなんなのか、山吹にはうまく言語化できそうになかった。
『どうして、そこまで言えるんですか。ボクは──』
純粋からも、ピュアからもかけ離れた存在だ、と。そう、続けるつもりだったのに……。
『──言っただろ? お前が好きだって』
不意に。
『お前が好きで、好きで好きでたまんねぇ。今すぐお前からいい返事をもらいてぇし、らしくもねぇと分かっちゃいるが、ここ最近はずっと、片時もお前と離れたくないと思っていた』
『課長……っ?』
桃枝が、山吹と距離を詰めた。
立ち上がり、山吹の隣まで移動し。桃枝はジッと、山吹を見つめた。……あの桃枝が、人の目を見つめているのだ。
『愛してるよ、山吹。愛してるんだよ、お前のことを。人の目を見られない俺に、見つめ合うことの素晴らしさを教えてくれた。うまく感情を言葉にできない俺に、真摯に向き合ってくれた。こんなにもどうしようもない俺に、寄り添ってくれた。……だから、好きだ。好きで好きで、どうしようもなく愛してる。俺はお前が好きなんだよ、山吹』
こんなにも。
こんなにも熱い瞳で、見つめられたことが。山吹は人生に一度だって、経験したことがあっただろうか。
……否。退廃的な人間関係しか築いてこなかった山吹にとっては、初めての経験で。
『なんですか、それ。なんですか、それ……ッ』
すぐにでも、唇が触れてしまいそうなくらい。それほどまでに縮まった、桃枝との距離。
半ば強引に迫られている中、山吹はと言うと……。
『──そんなの、どうしていいのか困っちゃうじゃないですか……っ』
珍しく、戸惑っていた。
これがもしも、セックスの誘いだったならば。むしろ山吹は口角を上げて、小悪魔的なジョークのひとつでも返していただろう。浅ましいほど露骨に体を求められている方が、まだ余裕だった。
しかし、今は違う。山吹が桃枝から求められているのは、おそらく【心】だ。
相手の目を見るよう説教をし、飲み会に何度か誘い、同じ課の職員との懸け橋となった。山吹が桃枝にしたことは、たったこれっぽっち。
それなのにどうして、ここまで迫られているのか。
──迫られているだけなのに、どうしてここまで動揺していまっているのかさえも、分からない。
『目を逸らさないで聴いてくれ。……好きだ、山吹』
『そ、れは。それは、分かりました。分かりましたけど、あのっ』
『言っておくが、今すぐどうこうするつもりはない。お前が経験豊富だろうと、最初の相手が俺じゃなかろうと、そこは今さらどうこうできるわけじゃないから、いい。……だから、最後の相手として俺を選んでほしい』
『や、あのっ、えっと、えぇ~っと……っ』
山吹は顔に笑みを浮かべることもできず、オロオロと狼狽した。
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