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車内で、山吹はスマホを片手に口を開いた。
「とりあえず、先ずは美術館に行きましょう、課長っ。ボク、今置かれている展示物を見てみたかったんですよねぇ~っ」
当然、今の発言は嘘だ。SNSを見て、つい先日たまたま知っただけの情報なのだから。
だが、このくらいの場所でいい。むしろ、このくらいの場所でなければいけないのだ。
あえて、相手の興味がなさそうな場所を選ぶ。そこには【意地悪】以外の理由はないが、裏を返せばその理由さえあれば充分なのだ。
相手の本質は案外、簡単に見抜ける。相手の内側から【余裕】と【喜楽】さえ抜いてしまえば、あっさりと露呈するものなのだから。
興味がなければ、楽しめない。テンションが上がらないのだから、気分というものは維持か下降のみ。そうして【本心】を守る矜持を剥奪さえできれば、山吹は桃枝の中にある【視たいもの】を知ることができる。
山吹のそんな陰謀めいた策略に気付いていない桃枝は、車を走らせながら相槌を打つ。
「美術館か」
「もしかして、イヤでしたか?」
さて、問題はこの後。桃枝が、なんと言うかだ。山吹は普段通りの笑みを浮かべて、返事を待つ。
桃枝からの返事は、意外とサッパリしていて……。
「さぁ、どうだろうな。着いてみないことには、なんとも」
なるほど、先延ばしか。山吹は笑みを浮かべたまま、内心で『賢いなぁ~』と、桃枝を評価する。
それでも、この話題をここで終わらせるつもりはない。山吹はニコニコと笑みを浮かべつつ、意味もなく自身の体を左右に揺らした。
「えぇ~っ、せっかくボクが考えたデート場所ですよ? そこは、ウソでも『お前と行けるならどこでも嬉しいぜ?』くらい言ってほしいものなのですが?」
「意外だな。お前、そういう綺麗事が好きなのか?」
「きれい、ごと。課長、ハッキリ言いますね……」
なんだか、調子が狂う。山吹はガクッと、肩を落とす。
だが、むしろ好都合かもしれない。こうして意見をハッキリと口にするのならば、桃枝の本性を暴けるのも時間の問題だろう。
赤信号による、一時停止。桃枝はブレーキを踏みつつ、チラリと山吹に視線を送った。
「期待に応えられなくて悪いが、俺は【嘘】が嫌いなんだよ。だから、どう感じるかも分かんねぇのに『嬉しい』とは言えねぇ。それはかえって、不誠実だろ。……悪かったな、ロマンチストじゃなくて」
「……へぇ~?」
存外、理由がしっかりしている。妙な感心を抱きつつ、山吹は目を丸くした。
驚いていますと顔に書いている山吹を見てか、桃枝はどことなく気まずそうに視線を逸らす。
「まぁ、なんだ。……楽しみでは、あるな。『美術館が』って意味じゃなくて、その。……『お前とどこかに出掛けられるのが』って、そういう意味で」
ぞわぞわ、ふわふわ。山吹の胸中に、形容しがたい感情がひしめき始める。
全身を使い、体中で伝えられる【大好き】の文字。見えないはずの文字が、なぜだか桃枝から太文字フォントで見えてきそうで……。
「山吹流、処世術。課長職に必須とも言えるライフハック、お教えしましょうか?」
山吹は話題と空気を変えるべく、なんとも色気のないことを提案し始めてしまった。
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