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下着を替えた後、山吹は桃枝の前にストンと腰を下ろした。
「課長。着替え、終わりましたよ?」
「俺が嫌いなのは【嘘】だからな」
「ふふっ。信じるか信じないかは課長次第ですよ。目を開いた後、視界に映るボクはどんな姿をしているでしょうね?」
「クソガキ……ッ」
そっと、しかし『恐る恐る』という様子を全力で訴えながら、桃枝は目を開く。
桃枝の目の前には、膝に肘をつきながら頬を両手で支えている山吹がいた。
「スーツ姿のボクのままでガッカリですか?」
「いや。分かっていたから、それは別に。ベルトを締める音が聞こえたからな。想定通りだ」
「聞き耳を立てていたってことですか? 課長のエッチ」
「ふッ、不可抗力だッ! 視力を封じたら聴力が過敏になっただけだっつのッ!」
揶揄い甲斐がありすぎて、逆に可哀想だ。ニコニコと笑いながら、山吹は慌てふためく桃枝を見つめる。
笑っている山吹を見て、桃枝は眉を寄せた。
「……楽しそうだな、随分と」
「おかげさまで。セックスナシで楽しんだクリスマスは初めてです」
「嫌味か?」
「嫌味ですね」
「嫌味か」
桃枝と同じ気持ちで今日という日を迎えられるとは、到底思わない。ピュアで真っ白で、手を繋げたらそれだけで幸福の極みであると。そんな甘酸っぱいクリスマス──日常が過ごせる日なんて、山吹には訪れないだろう。
桃枝と関われば関わるほど、自分の醜さと歪みが露呈するようだ。胸の奥でジワリと、汚いなにかが滲んだ気がする。
それでも笑みを浮かべていると、不意に。桃枝の表情が厳しいものに変わった。
「山吹」
とても、真剣な顔。思わず、山吹は緊張してしまう。
「は、い? なんですか、課長……っ?」
いきなり、どうしたのか。いったい、なにを言いたいのだろう。
身を強張らせながら続く言葉を待つ山吹は、それから──。
「……メリー、クリスマス」
キョトンと、間抜けな顔をしてしまった。
当の桃枝はと言うと、異様に照れくさそうな顔をしている。そこまで恥ずかしがるのなら、初めから言わなければいいのに。……そう言ってしまうのはきっと、デリカシーがないどころの話ではないのだろう。
だから、山吹にできることは……。
「あはっ。……メリークリスマスです、課長」
誤魔化すように笑って、空気を殺さないように桃枝と合わせるだけ。
それでも、顔に出てしまったかもしれない。桃枝が一瞬だけ、眉を寄せた。
「お前は時々、凄く分かり易くなるな」
「そのお言葉、包装紙に包んでお返ししますね」
「そうか。……お揃い、ってやつか」
「あー。そう、ですね。えぇ、オソロイですっ」
「お前は嫌になるほど分かり易いな」
頭を、ポンと撫でられる。どうしても桃枝の手つきに慣れられない山吹はすぐに、桃枝からそっと身を引いた。
「お前、面倒くさいくせに可愛いな。キスしたくなる」
「課長のザーメン風味でよろしければ、どうぞ?」
「……しない」
自分も大概かもしれないが、桃枝だってそうだ。だからこれは、ちょっとした仕返しのはず。
甘やかされるのも、優しくされるのも、恐ろしい。それでも桃枝が贈りたい気持ちは山吹に対する温かな愛情なのだから、どうしたらいいのか。
こんなにも落ち着かないクリスマスは、生まれて初めて。サンタが来なかった幼少期よりも、複雑な気持ちだった。
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