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 届いたメッセージを表示された通知だけではなく、アプリできちんと確認する。 『いきなりすまない』 『今、お前のアパートの近くにいる』 『会えないか?』 「──メリーさんかな」  どうやら、桃枝が帰ってくる日は今日だったらしい。急接近されてから知らされるなんて、ホラーよりもたちが悪いではないか。段階を踏んでほしいものだ。  山吹は無意識のうちに姿勢を正しつつ、指でスマホを撫でる。 『いいですよ。丁度今、家にいますので』  返事は、思った以上に速い。 『分かった。十分後に着く』  おそらく、もっと早く来れるのだろうが、山吹に気を遣ったのだろう。大掃除を終えた山吹としては、一分後でもいいのだが。 「髪形くらい整えようかな」  今度こそ立ち上がり、山吹は洗面所へと向かう。  だが、桃枝のことだ。床に寝転がっていたせいで髪がボサボサになっていようと、服がクチャクチャになっていようと。……確実に、それが山吹であるのならば『可愛い』と言うだろう。なんとなく、そんな気がした。  それでも鏡で自分の顔を見つつ、山吹は呟く。 「……あっ、しまったな。なにも用意してないぞ」  ちなみに、この『なにも』とはお客様への【おもてなし】という意味ではない。不健全な意味合いでの【おもてなし】だ。  前回、桃枝がこの部屋に来た時。この部屋に誰かを招く予定がなかった山吹は、セックスのために使う道具をなにも用意していなかった。  まさかこんなに早く桃枝が再度、この部屋を訪れるとは。こんなことならクリスマスの翌日にでもドラッグストアへ行けば良かった。 「課長と姫始めできるかなぁ。……あー、でも。課長ならきっと『米でも食うのか?』とか言いそうだなぁ。うん、言うね。そういう人だもん」  身だしなみを軽く整えた後、山吹はリビングへと戻る。 「誰かに見られたらどうしよう。ほとんどの人がまだ帰省中だとは思うけど、万が一ってこともあるしなぁ……」  すっかり失念していた。年始に私服で山吹を訪ねるなんて、言い逃れができない状況だ。きっと桃枝自身は気にしないだろうが、山吹としては周りの心無い言葉で囃し立てられたくない。  桃枝との関係は、山吹にとってデリケートなものだ。当事者二人同士でも手一杯なのに、第三者が介入してみろ。山吹自身がもたらす影響以上に、関係性が悪辣な方向へと発展しそうだ。 「ヤッパリ、場所を変えようかな。あぁでも、今さらどこに? とりあえず、近くのコンビニにでも──」  山吹がフルスピードで思考を巡らせると、ほとんど同時。  無機質で、少し不快な高い音。インターホンが、十中八九桃枝の指によって押された。 「……。……あぁ、もう。新年早々、ドジ踏んだなぁ……」  諦めよう。なにかあったら、今まで通りの飄々とした態度でかわせばいい。お生憎様、笑顔での誤魔化しは山吹の得意分野だ。  気持ちを切り替えた山吹はすぐに玄関へと向かい、玄関扉を開錠。 「明けましておめでとうございます、課長」 「あぁ。明けまして、おめでとう」  扉を開けて、すぐ。山吹は苦笑しながら、桃枝を歓迎した。

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