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 桃枝を中に招いて、しばらくの間。 「どうしました?」  なぜか山吹は、桃枝からジーッと見つめられていた。靴も脱がずに、黙って、ジッとだ。  今年は、昨年以上に不思議キャラでいくつもりなのか。今後【山吹を好きになった】以上の不思議要素を突っ込まれでもしたら? 果たして、山吹には対応できるのか。  不可解な現状から逃避するかのように壮大なことを考えつつ、山吹は桃枝を見上げる。 「いや。ただ、なんだ」  なぜか、桃枝が口ごもり始めた。  ……こうして、桃枝が口ごもるということは。 「──最高の年始だなと、思って」  理由は大概、山吹に対する好意の再認識だ。なぜもっと早く気付けなかったのか、鈍感な自分が憎らしい。  山吹からふいっと視線を外した桃枝を見上げて、山吹は思わず目を丸くする。 「……ボクのこと、そんなに好きですか?」 「好きだっつの。知ってるだろ」  今度は意外なことに、ハッキリと返事がきた。  年が明けてから、毎日のようにメッセージで好意を伝えられてはいたのだが。……やはり、目の当たりにするとどうすべきなのかが分からない。 「とりあえず、中に入りませんか? 玄関前だと冷えちゃいますよ?」 「それもそうだな、悪かった。冷えたか?」 「いえ、課長の心配をしたのですが……」  前言撤回。今年も、桃枝は桃枝だ。  ようやく靴を脱いだ桃枝は、山吹に誘われるがままリビングへと向かう。相変わらずの部屋に眉を寄せてはいたが、前回のように声を出しはしなかった。 「お茶ならありますけど、飲みますか? ペットボトルの、ですけど」 「あぁ、貰う」 「はーい、貰われまぁ~す」  桃枝に座って待つよう動作で伝えつつ、山吹は冷蔵庫へと向かう。  それからプラスチックのコップ二人分を手に持ち、小さなテーブルに近付いた。 「実家への帰省、お疲れ様でした」 「あぁ」  ジーッと、視線を感じる。デジャブだ。 「……またですか、課長。今度はどうしました?」 「いや。なんだろうな」  疑問に疑問を返しつつ、桃枝は山吹から茶の注がれたコップを受け取る。  揺れる茶を見つめながら、桃枝は答えを呟いた。 「茶を出されながら、お前が笑って『お疲れ様』を言ってくれて。……同棲しているみたいだなとか、らしくもねぇことを考えた」 「ドーセイ……」  あまりにも淡々と答えられるものだから、一瞬、なにを言われているのか理解するのに手間取ってしまう。  たかが、おもてなし。たかが、社交辞令。それなのに、返ってきた言葉が『同棲』だ。失笑すら浮かばない。 「課長って、結構メルヘン思考ですよね」 「褒めてねぇだろ、それ」 「ギャップという意味ならサイコーの褒め言葉ですけど、そうじゃないなら、はい」 「こんなこと、お前にしか言わないっつの」 「あー、確かに。他の人には言え──……ん?」  言いかけて、気付く。些細な、言葉の違いに。……『言えない』ではなく『言わない』と。桃枝は、そう言った。  だから、なんなのか。たった一文字の違いに、なぜ突っかかってしまったのかも分からないまま。 「課長ってホント、かなりのメルヘン思考ですよね」  山吹は、ようやく苦笑した。

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