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 客人にただ茶を出しただけで、どうしてこんなにもむず痒い気持ちにならなくてはいけないのか。山吹は自分のために用意した茶を飲みながら、なんとも言えない表情を浮かべてしまう。  このままでは、なんだか居た堪れない。そう思うと同時に、山吹は大切なことを思い出した。 「……あっ、そうです。ボク、課長に年賀状を書きましたよ」 「年賀状? 唐突だな。お前らしくない単語だ」 「ボクだって日本人なので、こういう文化は大切にしますよ」  実際のところは、やることがなさすぎて暇を持て余し、正月らしいことをネットで検索したからなのだが。素直にそう話すと負けた気がするので、山吹は余談を口にはしなかった。 「ちょっと待っていてください。職場で渡そうと思っていたので、カバンの中に入れてしまっていて……。……あっ、あった」  立ち上がり、置いていた鞄から年賀状を取り出す。年賀状を手にしたまますぐに、山吹は桃枝に近付いた。 「はい、どうぞ」 「わざわざ悪いな、って。……ん?」  山吹から年賀状を受け取るや否や。突然、桃枝は普段以上に眉を寄せ始めたではないか。 「どうかしましたか、課長? 老眼ですか?」 「アホ。まだそんな年じゃねぇよ、怒るぞ」 「大歓迎です。好きなところを殴ってどうぞ? 殴り始め、ですねっ」 「……怒りが失せた」  桃枝は空いている方の指で自身の眉間を揉んでから、山吹が書いた【年賀状】を指す。 「山吹、質問だ。……なんで年賀状のくせして、普通の葉書なんだ?」 「だって、年賀状ってお正月に出すハガキのことですよね?」 「なら、この表と裏にある『余白を残したくなかった』みたいな熱意を感じる派手な絵はなんだ?」 「今年の干支が分からなかったので、全部描きました。カワイイでしょう?」 「そもそも大前提に、なんで手渡しなんだ?」 「ポストに入れたらいつ届くか分からないじゃないですか」  いったい、桃枝はなにを気にしているのか。山吹は小首を傾げながら、信じられないものを見るような目を向けてくる桃枝を見つめた。 「まぁ、いいか。……年賀状、ありがとな。嬉しいよ」 「なによりです。じゃあ、そろそろボクを殴りますか?」 「なんでそうなるんだよ。殴んねぇよ、馬鹿ガキが」 「ザンネンです」  ポンと、頭を一度だけ撫でられる。素早く山吹は身を引いたのだが、桃枝はあえて距離を詰めなかった。  優しくされるのは、年が明けたからと言って得意になるわけではない。むしろ、桃枝が変わってくれないのならば悪化してしまいそうだ。  もう一度、話題を変えよう。山吹はもとの位置へ戻り、桃枝と向かい合った。 「そう言えば、干支の絵を見て思い出しました。課長、ご実家で犬を飼われていらしたんですね」  帰省していた桃枝から、犬の写真が送られてきたことを思い出す。山吹は無理のない範囲で、あくまでも自然に話題を替えた。  山吹の真意に気付いているのか、いないのか。桃枝は年賀状を眺めながら、素っ気なく返答する。 「みたいだな。知らない間に飼ってたらしいぞ。……ちなみに、俺には懐いてねぇ」 「あははっ! 想像通りですっ!」 「人を貶すのに迷いがねぇよな、お前って」  笑顔で、罵倒。父親による教育の賜物だ。……父親の笑顔なんて、山吹は思い出せないが。

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