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 勝ち負けというジャンルに適してはいない話題だが、このままでは山吹にとって屈辱的だ。負けているのは、気に食わない。 「……課長」  一度、調べものは放置。山吹はスマホをテーブルの上に置いてから、桃枝に近付いた。 「認めます。ボクは、課長に構ってもらえなくて寂しかったです。……だから、ボクのワガママを聞いてください」 「っ。……あ、あぁ。なっ、なんだっ?」  桃枝を動揺させるなんて、簡単だ。少し距離を詰めて甘い声を出せば、面白いほどに狼狽えてくれる。  その程度の相手に、なぜここまで心を乱されなくてはいけないのか。山吹は瞳を伏せながら、悔しさを勝利で塗り潰そうとする。 「──課長の、欲しいなぁって。……ダメ、ですか?」  ようやく、でもないが。当初の目的を思い出し、山吹は実行する。  ──桃枝と、姫始めをする。無論、俗な意味の。  上目遣いで見つめ、甘えるような声を出す。男を相手にすれば、この言動は山吹にとって完全なる必勝法だ。山吹に惚れている桃枝が相手ならば、より勝率は上がるだろう。 「俺の? ……俺の、なんだ?」 「言葉にして伝えないと、分かりませんか? それはさすがに少し、はしたないじゃないですか」 「なるほど?」  鈍い。相変わらず、桃枝は鈍かった。  だが、どうやらようやくピンときたらしい。 「あぁ、そういうことか。気付かなくて悪かった。そうだよな、欲しいよな」 「はい、欲しいです」  桃枝が頷き、山吹も頷く。想定と少し違う反応だが、気付いたのならばどうだっていい。山吹は期待に満ちた瞳で、桃枝を見上げた。  そうしていると、驚くことに……。 「──裸でもいいか?」 「──えっ」  思った以上に、桃枝が乗り気な返答をしてきたではないか。さすがの山吹も、動揺を隠せない。  極力──むしろ、絶対。山吹は、自身の上半身──主に、胸にある火傷の痕を見せたくなかった。どれだけの相手と関係を持っても、隠し続けてきたくらいだ。そのくらい、山吹は裸への抵抗がある。  上を脱ぎたくないが、しかし、桃枝の希望なら……。 「……は、はい。大丈夫、です」  ここで引いては、負けてしまう。怯えや不安感を胸の奥にしまい込みつつ、山吹は頷いて見せた。  萎えてしまったら、どうしよう。これをきっかけに、桃枝の恋心は冷めてしまうかもしれない。部屋のような無機物ではなく人間に傷が残っているともなれば、さすがの桃枝も受け止められない可能性がある。  それでも、許諾した。それは、山吹にとって桃枝がどういう存在なのか……。 「分かった。ちょっと待て」  答えを出せないまま内心で戸惑っていると、桃枝が一言、そう断りを入れる。……と同時に、鞄の中を漁り始めた。  まさか、セックスに必要な道具を用意でもしてくれたのか。予想外過ぎる準備の良さと強すぎる性欲並びに下心へ驚愕しつつ、山吹は素直に待機。  ついに、桃枝が乗り気でセックスを。不思議な感慨も生まれそうだ。  だが。相手は、桃枝だ。山吹とセックスをすると分かっていながら、ここまで冷静でいられるわけがない。  つまり? ……そう。 「──ほら、お年玉」 「──はい?」  桃枝は、なにも分かっていないのであった。

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