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 山吹に、あらぬ誤解をされている。そうした危惧が、ようやく桃枝を突き動かしたらしい。 「……っ。山吹……ッ!」 「ひゃっ!」  想定外なことに、桃枝は積極的で。山吹は突然、床に押し倒されてしまった。  さすがに、ここまでの積極性は予想外。山吹は床に髪を踊らせつつ、桃枝を見上げた。 「かっ、課長……っ?」  それでも、相手は桃枝だ。押し倒す勢いはなかなかのものだったが、山吹に痛い思いをさせたくなかったのだろう。山吹が床に勢いよく頭部や体をぶつけないよう、配慮はしていたのだから。 「今年の、抱負」 「はいっ? 今年の抱負、ですか? 課長の?」  即座に、頷かれる。  いったい、なんの真似だ。山吹は瞳をパチパチと瞬かせつつ、続く言葉を待った。  どんな言葉が、降り注ぐのか。そこそこの覚悟をして、山吹は待っていたのだが……。 「──お前に対して、もう少し。……積極的に、なりたい」  あまりにも桃枝らしい情けなさと、あまりにも桃枝らしからぬ大胆さ。そのギャップに、山吹は笑いを堪えきれずに吹き出してしまった。 「ぷっ、くふふっ。それって、今年の【抱負】じゃなくて【願望】じゃないですか?」  今年一年を、全て山吹に捧げるつもりなのか。自分がどれだけ壮大な話をしているのか、きっと桃枝は分かっていないのだろう。  依然として桃枝からの気持ちを完全には受け止められておらず、それでいて桃枝に対して同じ気持ちを送れてはいない山吹だが。……妙に、くすぐったい気持ちになってしまったから。 「それじゃあボクは、どんな抱負にしましょうかねぇ。……んっ」  同じように、抱負を決めようとした矢先。【積極的な桃枝】から、今年初めてのキスをされた。  唇はすぐに、離れてしまう。視界にいる桃枝の顔は、うっすらと赤くなっていた。 「……今は。これが限界、だ」 「課長の根性なし」 「そこまで言うか……」  静かに、ショックを受けている。桃枝を見上げて思わず、山吹はクスッと笑ってしまう。 「ですが、課長にしては上出来ですよ。褒めてあげますね?」 「随分と上からな物言いだな」 「ボクの方が【そういう意味】ではレベルが高いので」  ニコリと口角を上げて、山吹は可愛らしく挑発する。 「でも、キスは課長の分野ですので。もっとしてくれても、いいんですよ?」  正直に言えば、キスだけでは物足りない。  けれど、その先。そこまで進むと、桃枝が望む【主導権】を渡してはあげられないだろう。  だからこそ今は、キスだけ。 「今年も好きだぞ、山吹」 「規模が大きいですよ? ……ん、っ」  もう一度、キスが贈られる。今度は、舌が差し込まれた。  だから山吹は、桃枝の舌を甘噛みする。予想外の反撃に驚いた桃枝はすぐに舌を引っ込めたが、そんな愚かしい反応も愉快で仕方ない。  惜しかったですね、と。思わず山吹は、言いかけてしまう。  残り少しのところでも気を引き締めないと、最後の最後で失敗をする。そんなこと、桃枝ならば分かりそうなことだが……。  しかし、それでも。いっそ、だからこそ。 「今年もどうぞ、よろしくお願いいたします」  山吹は今年もしばらくは、桃枝を手放そうとは思えなさそうだ。 3.5章【百里を行く者は九十を半ばとす】 了

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