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4章【肉を切らせて骨を断つ】 1
価値観の開示をしてから、数日。桃枝の態度は、微かにではあるが確実に変わっていた。
『今日も好きだ。おはよう』
例えばこの、むず痒くなるようなメッセージ。
毎朝、毎晩。桃枝は山吹と交際を始めてから欠かさず挨拶文だけのメッセージを送っていたのだが、あの一件以来、そこに一言増え始めたのだ。
年末を越え、年始休みが明けて数日が経った。同じ課の職員はそろそろ【平日は会社に出勤する】という日常を受け入れてきたのか、今では年明け前と同じ雰囲気を全員で構築している。
それは現在、金曜日の朝からメッセージアプリで仮の恋人から口説かれている山吹とて、同じこと。
『今日のボクを見ていないのに、よくそんなことが言えますね。おはようございます』
寝起きの山吹は、スマホ画面を眩し気に睨みながら、すぐに返信する。
可愛げがないのは百も承知だが、こんな信憑性のない愛に対してなんと返信すべきなのか。寝起きがさほど良いわけではない山吹はむしろ、好意をスルーしなかった点を褒めてほしかった。
ベッドの上で体を伸ばし、そのまま山吹はゴロリと寝返りを打つ。
するとすぐに、桃枝から返信が届いた。
『そう感じたからな』
いつだって返事が早いのは素晴らしいが、それにしたって愛情表現が凄まじい。山吹はついに上体を起こし、諦めて起床する。
『ボクが一日ですっごく太っていたり、髪が全部抜け落ちたりしていてもですか?』
欠伸をひとつこぼすと、桃枝からは一言。『ああ』という返事が届いた。
……つい、先日。クリスマスの日に、山吹は桃枝に価値観を示した。
幼少の頃から暴力と愛が強く結びついた家庭で育ち、子供にとって世界とも言える両親が揃いも揃ってその理論を信仰。山吹にとって精神的且つ肉体的な苦痛こそが、対象への愛を示す最も有力な方法なのだ。
その話を、桃枝は忘れたわけではないはずだが。……ロマンチストなのか、はたまたただの馬鹿なのか。
「後者だろうな、きっと」
恋と言うもので盲目になっている、愚かな男だ。山吹は『今日のボクもカワイイから安心してください』と返事をしてから、身支度を始める。
視界に映る部屋は、酷く荒れている。どれだけ家具を新調しようと、物を捨てようと……。天井や壁、床や扉にある傷も汚れも、消えはしない。
「気分悪いなぁ」
愛や恋について考えれば、いつだって答えは同じ。部屋を見て、過去を思い出して、現実を思い知って……。世界が提唱するキラキラとした恋愛が、自分にはなんて縁遠い話なのだろうと、まるで絵本の中の物語を見ているような気分になるだけ。
メッセージアプリを起動し、桃枝とのトーク画面をもう一度見る。先ほど山吹が送ったメッセージには【既読】と付いているが、返信はない。
「変なの。いつもなら『楽しみだ』くらい言いそうなのに」
朝が早い桃枝のことだ。もしかすると、既に出勤しているのかもしれない。
目を覚まそうと、山吹は水道水をコップに注ぐ。水を受け止めているコップを見て、山吹は一度だけ、動きを止める。
「……ん? なん、だろう? なんか、イヤな感じがするような……?」
ブワブワと、形の無い妙な気配が胸に広がっていく。命名するのならば【嫌な予感】だ。
それが、なぜなのか。イマイチ確証が持てないまま、山吹はコップに注いだ水を意味もなく見つめた。
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