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 出勤して、すぐ。山吹は、違和感に気付いた。  こんなことは、管理課に異動してきてから初めてだ。山吹は自分のデスクに向かいつつ、管理課の事務所内をキョロキョロと見回す。  ……おかしい。確実に、この状況はおかしいのだ。 「おはよっ、ブッキー!」 「あっ、係長。おはようございます」  ポンと肩を叩かれた山吹は、声をかけてきた係長職の男性を見上げる。 「あの、係長。……今日って、朝から会議とかやってる感じですか?」 「いや? どったの、なんかあった?」 「いえ、あったと言うか、ないと言うか……」  もう一度、事務所内を見回す。……やはり、山吹の視界には違和感しかない。  ……そう。 「──今日って、課長はお休みですか?」  いつだって、課内の誰よりも早く出勤している男。……桃枝の姿が、見当たらないのだ。  会議は、ない。ならば、トイレにでも行っているのか。その可能性も否定できないが、桃枝が朝礼前ギリギリにトイレへ行くとは思えない。  ならば、なにか管理課とは関係がない仕事でもしているのか。予測ばかりが次々と立てられる中、山吹の隣に立った男はと言うと……。 「──桃枝課長? 今日は体調不良だからって、休みの連絡がきたけど?」 「──えっ?」  予測ではなく事実を持ち、それを出し惜しみせず、山吹にあっさりと分け与えたではないか。  体調、不良。朝のメッセージには、そんなこと一文も書かれていなかった。山吹がこうして驚愕するのは、当然だろう。  しかし、この男は知らない。桃枝が毎朝、山吹に挨拶と共に愛のメッセージを送っていることを。 「てっきり、桃枝課長専用翻訳機のブッキーには連絡がいってるかと思ってたんだけど……きてないの?」 「……きてない、ですね。課長、ホントに体調不良なんですか?」 「らしいよー。ここで何年か桃枝課長と働いてるけど、あの人が体調不良で休むなんて……たぶん、初めてじゃないかな? 珍しいこともあったもんだよなー」  寝起きすぐの、胸に広がった妙な気配。【嫌な予感】と名付けられたそれは、かなりの優秀さを発揮したようで。 「課長が、体調不良……」  なぜ、そんな大切なことを伝えてくれなかったのか。確実性のない恋の病を伝えるくらいなら、自身に現在進行形で起こっているれっきとした病を報告すべきだろう。そんなこと、朝礼間近に出勤する勤勉とはほど遠い山吹にだって分かることだ。  山吹に分かっていることなのだから、桃枝が分かっていないわけがない。つまり、桃枝が取った行動はより意地の悪さを発揮してしまう。  分かっていたうえで、桃枝は山吹に伝えなかったのだ。山吹がこうして唖然とすることを、分かっていたうえで……。  堪らず、拳を握る。思わず、表情が強張ってしまいそうだった。 「……そうですか。それはハッピーですねっ! 今日は一日、誰も課長のパワハラ発言に悩まされなくていいんですからっ!」 「うっわ、ブッキー辛辣だな! 桃枝課長のなにか移った?」 「またまた。管理課の総意なくせに、ボクだけを悪者にしないでくださいよ」  普段となんら遜色ない、見事な作り笑いだ。隣に立つ男は当然、気付く気配がなかった。  隣に立つ山吹が、爪が食い込むほど拳を握っていることも。笑みを浮かべるその胸中は、グチャグチャと混沌めいていることもだ。  山吹は誰にも気付かれないまま、静かに気分を害されていった。

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