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 両親が他界してから、山吹はなんでも一人でこなしてきた。  元から親戚付き合いが活発ではなかった山吹家で育ったのだ。両親がいないのであれば、山吹には頼る相手が自動的にいなくなる。  強いて言うのであれば、一晩相手をする代わりに食事代を出してもらう程度。山吹がしてきた【他人に頼る】という行為は、それだけだ。  どうにも乗り切れない話題は、それでも山吹を置いて加速し始める。 「けど、課長ってヤッパリ恋人とかいなさそうだよね?」 「ハハハッ! いないだろ絶対! 最近は少しマシになったけど、あのパワハラ上司だぞ?」 「だよねぇ~! あの人を選ぶ相手の顔が見てみたいよ!」  あなたたちの目の前にいますよ。……とは、とても言えない。よく考えると、関係上は恋人だとしても山吹は桃枝を選んだつもりがないのだから。  それに、仮に選んでいたとしても言いたくはない。あんな薄情な男、一人で苦しめばいいのだとすら思う。  ……なぜ、ここまで憤っているのか。桃枝がどうなろうと、桃枝に明確な好意を抱いていないのであれば山吹にとって、どうだっていいことなのに。  思わず眉を顰めそうになると、不意に。 「──まぁでも、ブッキーには分かんないよなぁ? 恋人とか、そういうのがさ!」  悪意のない批評だと、山吹は瞬時に気付く。  しかし、反論する術がない。なぜなら山吹は、つい数秒前に先輩方が話す【看病論】に対して『そういうものなのか』と言ったばかり。完全に、理解を示していないといった態度を取ったばかりだったからだ。  桃枝以外は誰だって知っているであろう、山吹の噂。誰とでも寝て、恋人などという限定的な相手を作らない男。目の前にいる先輩二人からの視線は、全くもって正しい。 「……はい、分かりません。恋人って、そんな大変なことをする役職なんですね。勉強になりましたっ」 「うっわ、嫌味っぽい~! 今、そこにロマンスを感じるって話をしてたのにさ~!」 「でも、ブッキーちゃんはそのくらいのラフさが魅力よねっ。風邪を引いたらお姉さんが看病してあげようか?」 「えぇ~? 風邪移っちゃいますよ? 恋人でもないのに、非合理的ですっ」 「「可愛くないけど可愛い~っ!」」  笑顔で話を切り上げ、山吹は自分のデスクへと戻ろうとした。  ……のだが。戻る前に一度、桃枝のデスクへと向かう。桃枝に見てもらいたい資料が、乱雑に置かれているからだ。 「まったくもう。課長に怒られますよっと……」  クリアファイルを用意し、書類を分ける。最低でも、二種類。急ぎのものと、そうでないものを。  なぜ、ここまでしているのか。決して管理課の仕事に詳しくなったわけでもないのに、山吹は必死にデスクへ置かれた書類を睨む。  まだ、たった半日。それなのにここまでデスクが荒れるということは、それだけ桃枝に対する信頼が厚いということなのか。……それとも直接、桃枝に渡す勇気がなかった書類たちが一堂に会しているだけかもしれない。  書類をクリアファイルにまとめて、その上に付箋紙でメモを付ける。片方が至急で、もう片方は急ぎではない書類だと伝えるために。  ……などと、気を遣っていると。昼休憩を知らせる時計の音が、事務所内に響いた。  次々と、職員たちは事務所から出て行く。書類整理を終えた山吹が顔を上げた時にはもう、事務所内に人はいなくなっていた。  一人きりの事務所で、思わず。 「恋人、看病、定番……」  ポツリと、山吹は呟いてしまった。  ……まさか、桃枝も期待しているのだろうか。山吹が、看病に来ることを。可能性の有る無しを、山吹は考える。 「……やっ、ないね、ない。あの人はきっと、ボクと同じ意見のはずだ」  風邪を移す危険性と、弱みを晒すというデメリット。それらを天秤にかけた後で、それでも『看病に来てほしい』などと。あの桃枝が、言うはずがないだろう。  山吹は頷いて、そのまま桃枝のデスクから離れようとした。

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