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終業時間になると同時に、山吹は即座に帰宅。
アパートに戻った後、シャワーなどの身支度を済ませる。どうせ会うのなら、桃枝が赤面するほど完璧な状態で会ってやろうという計算だ。
愛や恋には疎い山吹だが、こうした意地の悪いことをするのならば話が変わる。困惑するほど喜ばせてやろう。そのうえで、存分に責め立てる。……ここまでが、山吹の計算なのだから。
身支度を完璧に終わらせた山吹は、すぐに桃枝が暮らすマンションの最寄り駅まで電車で移動する。サラリーマンの帰宅時間と若干重なってしまったせいか人が多く感じるが、そこは我慢だ。この程度で気分を悪くしていては、桃枝に嫌がらせができない。
目的地に着くと同時に急いで駅から出て、山吹は買い物を済ませる。買うべきものは事前にリストアップ済みだ。
移動も終え、買い物も終えた後。山吹はスマホで地図アプリを起動し、桃枝が暮らすマンションを目指した。
「ここが、課長が住んでるマンション。えっと、課長の部屋番号は……」
目的地は、なんとも立派なマンションだ。山吹が暮らしているアパートとは、まるで違う。ここまで歴然とした差を見せつけられると、かえってなにも感じないほどだ。
スマホをポケットにしまい込み、山吹は桃枝が借りている部屋番号を探す。
「……あった。ここだ」
見つけると同時に一度、立ち止まる。移動途中で乱れた髪を手で直すためだ。
……さて、準備は整った。山吹は身だしなみを軽く整えた後、迷うことなくインターホンを押す。
耳を澄ますも、扉の向こう側から音は聞こえない。もしかして、寝ているのだろうか。……山吹がそう考え、もう一度インターホンを押そうとした時。
「……はい」
扉が開き、不機嫌そうな声がひとつ飛んでくる。そのまま、鋭い目つきが山吹を射抜いた。
しかしこれは、怒っているわけではない。残念なことに、デフォルトの桃枝だ。すぐに、山吹は笑みを浮かべた。
「あっ、良かった。起きていたんですね、こんばんはっ」
「……はっ?」
客人が誰か、確認もしないで扉を開けたのか。不機嫌そうに顔を顰めた桃枝は山吹を認識すると同時に、目を丸くしたのだから。
ニコリと、愛想が良く見える笑み。笑顔で立っている山吹を見下ろして、桃枝は露骨なほど困惑していた。
「やま、ぶき? ……は? お前っ、なんでここに……っ?」
「中に入ってもいいですか? 立ち話なんて水くさいじゃ──」
「──駄目に決まってんだろッ!」
まさかの、怒号。さすがの山吹も、その態度には驚いてしまう。
なるほど。やはり、来てほしくはなかったのか。山吹の中にあった桃枝のイメージはあながち間違いではなかったのだと、ほんの少し納得してしまう。
だが、ここまで来てなんの成果も残さずに帰るなんてありえない。骨折り損どころの話ではないだろう。
ゆえに、山吹はそっと瞳を伏せた。
「あぁ~……。そう、ですよね。こんなときに呼ぶ相手くらい、課長にだって、いたっておかしくないですもんね」
「は? ……呼ぶ、相手? お前、なに言ってんだ?」
桃枝は山吹を見下ろしているが、視線がなぜか絡まない。当然だ。山吹はわざと、桃枝から視線を外しているのだから。
山吹が、見つめる先。それは、靴を並べている玄関先だ。
「お邪魔しちゃってごめんなさい。ボク、帰りますね。……中にいる人と、どうぞ仲良く──」
「──ッ! 馬鹿ッ、ちょっと待てッ!」
わざとすぎる演技が意味することに、桃枝はようやく気付いたらしい。素早く山吹の腕を掴み、瞳を伏せたままの山吹を引き留めたのだから。
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