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 だが、そんなことに憤っている場合ではない。山吹は床に座り、難しい顔をしている桃枝を見上げた。 「あのですね、課長? ボク、今の発言とは別の部分に、実は朝からずーっと怒っているんですよ?」 「怒ってるって? なににだよ?」 「普通に考えて怒るじゃないですか。と言うか、むしろ分からないんですか? ……風邪を引いたこと、なんでいの一番に教えてくれなかったんですか」  どうやら、この指摘は予想外だったらしい。その証拠に、桃枝はすぐに、山吹から目を逸らした。  しかも、桃枝が選んだ答えはまさかの【謝罪】ではなく……。 「……同じ課にいるんだから、出勤したら気付くだろ」  意外なことに、言い訳を始めたではないか。  桃枝らしくない態度に少しの驚きはあるが、かと言って『確かに』と言って納得できる反論ではない。ゆえに、山吹は追撃を選ぶ。 「どうせ気付かれるなら、事前に連絡があっても良かったと思いませんか?」 「それは……。……別の奴から、そのうち聞かされるだろうと、思って」  またしても、桃枝らしくない反論だ。違和感が付きまとう。  まるで、なにかを隠しているようで。桃枝の煮え切らない態度にますます腹を立てた山吹は、あえて笑みを浮かべてみせた。 「ふぅ~ん? つまり、あくまでも課長はボクのことを【同じ課で働く部下】程度の認識で見ているってことですね。なるほど、それはそれは。朝の熱烈なメッセージって、もしかして別の人に送るものでしたかね?」 「ちっ、違う! 俺にとってのお前は──……っ」  今度は、自然と口角が上がってしまう。ニヤニヤと笑う山吹を見て、ようやく桃枝は『揶揄われている』と気付いたらしい。  だが、いくら桃枝が『しまった』という顔をしたところで、山吹は引いてなんかやらない。 「課長、もう一度だけ訊きますよ? どうして、ボクに体調不良に関しての連絡をしてくれなかったんですか?」 「……っ」  逃がすつもりも、ましてや誤魔化されてあげるつもりもない。山吹の意思を理解したのか、桃枝はついに、観念したらしく……。 「……さ、い、だろ……」 「なんですかぁ~? 聞こえないですよぉ~?」 「~ッ! ……ダ、ダサいだろッ! この年にもなって、体調管理のひとつも満足にできてないなんて! わざわざ恥を報告したくなかったんだよ!」  ようやく、山吹に体調不良を伝えなかった真意を暴露した。  たかだか、メンツの問題。連絡をしなかったのは、プライドが理由か。思わず、山吹は真顔で『くだらない』と一蹴しそうになる。  しかし、その言葉は寸でのところで止められた。 「──それに、言えないだろ……ッ。言ったらお前、俺のためにこうして見舞いに来るかもしれなかったんだから……ッ」  付け足された言葉が、あまりにも。……あまりにも、的外れだったのだから。 「……ボクが、ですか?」  なにを、夢見ているのか。目を丸くしながら、山吹は眉を寄せている桃枝を見上げる。 「お前、いつも周りのこと気にかけてるだろ。だから、俺がお前に直接伝えてたら……妙な圧をかけちまうとか、変に気を遣わせるとか。そう思うと、余計に言いたくなかったんだよ」  いったい、桃枝は誰の話をしているのだろう。山吹は一瞬、本気で悩みそうになった。

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