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 もしも直接、桃枝からメッセージで体調不良について伝えられていたら。……山吹は、自力で【看病】という答えに辿り着けただろうか。  ……否。きっと、先輩たちとの話題がなければ思いつきもしなかっただろう。悲しいことにこれが現実であり、そして、事実だった。  苦難は、一人で乗り越えるもの。そういうものだと信じてきたし、実際のところ父親からもそう教わった。そんな山吹が、自分だけの力で『桃枝のお見舞いに行こう』なんて、思いつけるはずがない。  それなのに、桃枝は自分を責めている。その理由が、山吹には分からなかった。 「俺が勝手に体調を崩して、俺が勝手に弱ってるだけだ。そんな奴の看病なんて、お前にとっての義務でも責任でもなんでもねぇだろ。関係ねぇんだよ。……お前にとって、俺はただの他人なんだから」  卑屈でもなく、責めているわけでもなく。……今の発言は、桃枝の本心だ。  ──それなのに、ゾッ、と。山吹の胸の中が寒く、冷たくなった。  桃枝の口から発せられた『他人』という言葉。これは、事実だ。桃枝との関係性が【恋人】だとしても、その前に【仮の】と付くのであれば、誰よりも距離が近いだけの他人でしかない。  山吹にとって、桃枝は他人。正しい、合っている、間違いない。桃枝の考えは、悲しいまでに事実だった。  だが、それでも……。 「なん、ですか、それ。……なんだかボク、凄く惨めじゃないですか」  【看病】という発想がないことを責められるより、半ば強引に部屋の中へ押し入ったことを責められるよりも。  ──『他人』というたった二文字が、こんなにも胸に突き刺さる。  山吹はまるで現実から目を背けるかのように、俯く。その反応が意外だったのか、途端に桃枝が慌て始めた。 「は? なんでだよ、なにが『惨め』なんだ?」 「課長のことが、ますます信じられなくなりそうだからです」 「……はっ?」  山吹にとって、桃枝は他人。いつも、山吹はそう捉えられるような言動を繰り返していた。  だが、もしも。今まで山吹が取っていた言動のせいで、桃枝が山吹に隠し事をしたのだとしたら。……もしも、仮に。本当は桃枝の中に『山吹に体調不良を伝えたい』という意思があったのに、山吹のせいで言えなかったのだとしたら。  山吹が掲げ続けた事実が、桃枝を傷つけた。僅かでもそう思うと、山吹の胸はギュッと力任せに絞られたかのように、痛んだ。 「……看病くらい、します。普段は絶対に乗らない電車にだって乗りますし、夜中でも早朝でも向かいますよ。雨が降っていても、雪が降っていても、看病にくらい来ます」 「山吹? お前、なに言って──」 「──ボクにとって課長は、確かに他人かもしれませんよ。だけど課長にとって、ボクはカレシじゃないですか。……なんで、課長の方からボクを遠ざけるんですか」  言ってから、山吹はハッとする。今の言い方は、あまりにも自己中心的すぎる発言だったからだ。  山吹が、事実を口にするのは構わない。だが、桃枝が山吹を『他人』と形容するのは耐え難い。……こんなのは、あまりにも自分勝手だ。さすがの山吹だって、それくらいは分かった。  失言をかました今、山吹は桃枝に向けて、顔が上げられない。どんな顔を向けていいのか、分からないからだ。  いったい、なにを言えばいいのか。ただただ奥歯を噛むしかできない山吹は俯いたまま、表情を強張らせていく。  すると、頭上から……。 「──山吹? お前、泣いてるのか?」  なんとも的外れで、気が抜ける問いが降ってきた。

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