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 自分勝手で、我が儘な発言をした。それなのになぜ、桃枝が山吹を心配しているのか。 「は? 泣いてないですけど」  山吹は眉を寄せたまま、すぐに桃枝を見上げる。涙が一粒たりとも存在しないことを、証明するために。  山吹の顔を見て、納得をした桃枝は「本当だ、泣いてねぇな」と言い、そのまま山吹の顔を凝視し始める。  どことなく、居た堪れない空気だ。重なっていた視線を、山吹が先に外した。 「悪かったよ。確かに、俺がお前を『他人』って呼ぶのは間違ってた。……酷い話、だったな。すまん」 「いいですよ。課長の本心が知れて嬉しいので」 「本心なわけねぇだろ。俺にとってお前が、そんな寒々しい関係性でいいわけがねぇ。俺はお前が好きなんだから、お前にとって仮だとしても恋人関係なのは嬉しいんだぞ。……クソ、恥ずい」 「わぁ、お上手ですね。さすが、信頼できる部下にだけはしっかりと報連相をする課長様です。そのトーク力、見習いますね」 「お前、拗ねると面倒くせぇな……」  珍しく、本気で呆れられている。しかし、山吹に呆れているのは山吹自身も同じだった。  桃枝が『他人』と言っただけで、まさかここまで気分を害されるとは。自分の幼稚さが、心底嫌になる。  黙った山吹が『まだ桃枝に対して怒っている』と思ったのか。桃枝は必要もないのに姿勢を正して、謝罪を続けた。 「悪かったよ、本当に。今度からは、部下よりも先にお前に連絡する。部署異動があってお互い違う課になっても、お前には絶対報告するから」 「いや『部署異動』って……。いったい、いつまでボクのカレシでいるつもりですか」 「死ぬまでに決まってんだろ言わせんな」 「迷いなく言い切りましたね」  なんだか、どうにも締まりがない。これで『仲直りした』と思っていいのか、なかなか難しいところだ。  しかし、冷静さを取り戻した山吹は今さらながらに気付く。  部下との付き合いだって真っ当にこなせなかった男に、恋人としてのなにを期待していたのか。腹を立てていた自分自身が、山吹はいっそのこと憐れに思えてきた。  分からないのだ、桃枝には。言って、教えて、分からせないと、分からない。桃枝は素直で、だからこそ不器用な男なのだから。  そして、なによりも。……そんな桃枝の相手が【面倒極まりない山吹】という男なのだから、なおさらだろう。  果たして、本当の被害者は誰なのか。その答えが分からないほど、山吹は自己中心的な男ではないつもりだった。 「分かりました、赦します。課長のプライドと気遣いに理解を示せなくもないので、ボクに連絡しなかった理由に納得します。だから、今回は不問にしますよ」 「ありがとうございマス、山吹サマ」 「わざとらしいですね、まったく」  頭を下げた桃枝を見て、山吹はムッと唇を尖らせる。  だが、謝らせっぱなしではよろしくない。今度は山吹も姿勢を正し、桃枝に向けて頭を下げた。 「それと、ボクにも落ち度がありました。……不機嫌さをこんなにも巧く飼い慣らせない自分自身に、少しだけ驚愕です。幼稚な八つ当たりをしてしまい、申し訳ございませんでした」 「別に、そこに関してはなにも思ってないんだが……。分かった、お前の謝罪を頂戴する」 「はい、どうぞ。……では、これでこの話は終わりです」  なんて面倒な仲直りの仕方だろう。きっと、桃枝もそう思っているに違いない。  思えば、こうして誰かと喧嘩をして仲直りをした経験なんて、山吹にはなかった。  だから、というわけではないが。どうか、こんな自分を許してほしいと。そう、山吹は心の奥深いところで願ってしまった。

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