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 仲直りが済んだのだから、サッサと作業を始めよう。そう思い立ち、山吹は立ち上がろうとする。  しかし、桃枝が口を開いたことにより……。 「だけど、そうか。……そうなんだな」 「……なんですか、しみじみと一人で頷いて」  山吹は思わず、動きを止めてしまった。  今しがた山吹が言った通り、桃枝は感慨深げに頷いている。怪訝そうに山吹が見つめるのは道理だ。  訊ねられた桃枝は、隠そうとせずすぐに返事をした。 「お前、さっき『課長のことが信じられなくなりそう』って言っただろ」 「えぇ。言いましたね」 「それを、わざわざ俺に伝えた。裏を返せば、それは『課長のことを信じたい』ってことになるだろ」 「はい? ……そう、なるのでしょうか?」 「あぁ、そう感じた。だから、なんだろうな。……お前って、いい奴だよなって。改めて、実感した」  正直に言うと、桃枝がなにに喜んでいるのかが分からない。山吹は小首を傾げつつ、眉を寄せた。  そうするとなぜか、桃枝が手を伸ばしてくる。『頭を撫でられる』と直感した山吹はすぐに身を引いたが、少しだけ遅かった。 「俺はあと何回、お前の優しさに救われるんだろうな。……あと何回、お前の眩しさに胸を打たれるんだろうな」  ポンと一度だけ、頭が撫でられる。山吹は表情を強張らせながら、すぐさま逃げるように俯いた。 「ボクはいい奴じゃないですし、優しくもありません。それに、眩しくもないですよ」 「いいや、俺にとってお前はそういう男だよ。太陽みたいな奴だ」 「『太陽』ですか」  どうしてそういった言葉はサラッと言えるくせに、体調不良を伝えることにはプライドを掲げるのか。やはり、理解に苦しむ。  ……もしも本気で、桃枝が山吹を『太陽みたいだ』と思っているのなら。いつか、桃枝が本物の【太陽みたいな人】を見つけてしまう前に、その両の目を潰してしまいたい。……一瞬、山吹は本気でそんなことを考えてしまった。  自分勝手に怒り、自分勝手な理由で桃枝の目を潰そうとする。……こんな男が、太陽なものか。 「……ところで、課長。体調は、もう大丈夫なんですか?」  またしても居た堪れない気持ちに陥りかけた山吹は、咄嗟に話題変更を目論む。  山吹の頭から手を離した桃枝は、どことなく誇らしげな様子で答えた。 「あぁ。短期集中だ。なにがなんでも、来週はお前に憂いなく会いたかったからな」 「なんで風邪を治す基準がボクなんですか」 「俺が出勤する理由に【山吹に会うため】が組み込まれているからだが?」 「真顔で口説かないでください、困ります」  すぐに山吹を口説くのは、感心できない。今度こそ立ち上がり、山吹は買い物袋を持ち上げた。 「そう言えば、飲み物ってなにかありますか? お茶くらいしか買って来てないのですが……」 「そうなのか? なんか、悪いな。一応、うちには炭酸水ならあるぞ」 「じゃあ、お茶を買ってきて正解でした。ボク、炭酸苦手なので」 「そうかよ。……可愛いな」 「ありがとうございます」  サラッと褒めつつ、桃枝は山吹の手から買い物袋を奪う。うっかり腹立たしさを感じてしまうほどのスマートさだ。  せっかくだ、仕返しをしよう。山吹は桃枝の後ろをついて歩きながら、笑みを浮かべた。 「重たいものを率先して持ってくださる課長、カッコいいですねっ」 「えっ。……あ、あぁ、そ、そうか? ……。……ど、どうも」  まさか、そこまで喜ばれるとは。求めていた以上の反応を受けた山吹は、堪らず声を上げて笑ってしまった。

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