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 キッチンにまで買い物袋を運んだ桃枝は、山吹から許可を得て、中を確認し始める。  ……確認を、始めたのだが。 「……ん? なんだ、これ?」  桃枝はなぜか、眉をいつも以上に寄せていた。  桃枝が見ているのは、買い物袋の中に詰め込まれた食材だ。なぜ眉を寄せられるのか、山吹には分からない。 「どうしましたか? もしかして、嫌いな食べ物でも入ってます?」 「いやそうじゃなくて。……なんで食材が入ってるんだ?」 「は? 料理をするからに決まっているじゃないですか」 「料理って……誰がするんだ?」 「ボクがするんですよ」  突然の、静止。桃枝はジーッと山吹を見下ろしている。その表情は、まるで『信じられない』と言いたげだった。 「えっ? なんですか、その反応は?」 「お前、料理とかできたんだな……」 「一人暮らししてるのに誰がボクにご飯を作ってくれるんですか」 「てっきり、コンビニ弁当とかスナック菓子でも食って生きてるもんだと……」 「酷いですね、課長。軽く失礼じゃないですか?」  パックご飯を手にして固まっている桃枝は、半信半疑と言った様子だ。桃枝からパックご飯を奪いつつ、山吹は買い物袋から食材を取り出す。 「料理くらいできますよ、まったくもう。それに、ほら。自炊できたらカッコいいじゃないですか?」 「料理をするお前は絶対可愛いのにか?」 「まぁ、それはそうですけど。……褒めてもなにも出ませんからね」 「晩飯が出るんだろ?」  さすがの山吹にも、分かる。相変わらず怖い顔ではあるが……桃枝は今、とてつもなくワクワクしている、と。  誰かの手料理が、そんなに嬉しいのか。それほどまでに一人暮らしの独身男性は手料理に飢えているのかと、同じ立場ながら山吹は同情してしまう。 「調理道具、テキトーに借りますね。課長は飲み物とかゼリーとか、そういうものを冷蔵庫にでもしまってください」 「あぁ、分かった。……なぁ、山吹──」 「はいはい、ドーセーみたいですねー」  桃枝の扱いにも慣れたものだ。言いたいことを先読みし、とりあえず同意しておく。  手を洗ってからキッチンを物色し、必要そうな道具を用意する。勝手の知らない場所でも、山吹の動きに無駄は無かった。 「お前、料理は普段からするのか?」  妙に慣れた動きで料理を始める山吹に、桃枝はすっかり見惚れている。片付けを終えて手持ち無沙汰、というのも理由ではあったが。 「しますよ。昨日の晩はアヒージョを作りました」 「アヒージョ……?」  手を止めずに会話をする山吹から必要以上近付かないようにしつつ、桃枝は眉を寄せた。 「よく、作れるな。名前からして、なんとなく難しそうだが」 「そんなことありませんよ? 具材を突っ込むだけですから、簡単です。良ければ作り方をお教えしましょうか?」 「いや、いい。俺は作らねぇ」 「素直ですね。別にいいですけど」  キッチンに、惚れた相手が立っている。そんな現実が嬉しいのか、どことなく桃枝は楽しそうだ。  そう気付いていながら、山吹は『デレデレしないでください』と言いかけたが。……そこまで邪険にする必要もないかと、触れないことにした。

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