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 調理工程を監視されるのは落ち着かないが、それでも山吹は料理を続ける。  淡々と食べる物を作り上げていく山吹を眺めながら、桃枝は腕を組んだ。 「……正直、驚いた。直接俺から体調について報告されていないお前が、まさかわざわざ看病に来るとは思ってなかったからな」  と言いながら、嬉しそうにしている。どこまでいっても、桃枝は単純な男だ。可笑しくて、勝手に口角が緩んでしまう。  ……だからこそ、山吹は口を滑らせてしまった。 「ボクも、初めは行くつもりなんてなかったですよ。だけど、管理課の先輩たちが『恋人には看病されたいものだ』と話していたので、こなしておいた方がいいミッションなのかなぁ~って」 「……へぇ」 「クリスマスの時は完全に恋人らしいことを失念していたので『今度こそは』と思ったんです」 「じゃあ、これはお前が自分の意思で求めた状況なんかじゃなく、周りに触発されてムキになった結果ってわけか」  ピタッ、と。ここにきて初めて、山吹の手が止まる。 「……あぁ~。……そう、なるのかもしれませんね。えぇ、そうですよ」  使い終わった道具を洗い終えてから、山吹は動きを止めた。  桃枝の発言を肯定してから、自覚する。分かってはいたつもりだが、実際に耳で聞くと……なんて寒々しい理屈なのだろう、と。 「確かに、そう考えるとボクの【看病】は先輩たちが話していたものとは違いますね。完全に、使命感で動いていたので」 「だな。残念だよ」  失言だった。せっかく、桃枝の気分を良くできていたのに。  これでは、桃枝を傷つけてしまう。仲直りをしたのだからこれ以上、桃枝に危害を加える必要はないと言うのに。不甲斐なさに思わず、山吹は俯いた。 「……えっと、その。ごめんなさい、課長。ボク、なんだか全然ダメで──」 「──けど、来てくれただろ」  俯いていた頭が、反射行動のように上がってしまう。山吹の言葉を遮った桃枝を、振り返るために。 「動機はなんであれ、お前はこうして来てくれただろ。意地であったり、反発であったり、動機はそりゃ散々だ。けど、お前はこうして来てくれた」 「課長……?」 「だから、なんだ。……あぁ、ったく! クソが! 結局俺は喜んでるんだよ! お前の作戦は大成功だ、クソッタレ!」  なぜ自分は今、罵声のように喜びを告げられたのだろう。瞳を丸くしながら、山吹は桃枝を見る。  腕を組み、そっぽを向いて。……おかげで、桃枝の耳が赤くなっているのはバレバレだ。 「照れるなら別に、そこまで言わなくても良かったですのに」 「好きな奴が悲しそうな顔をしてたんだぞ。笑顔にしてやりてぇだろ。……それに、惚れた相手のメシが食えるならプライドなんていくらでも捨てるっての」 「……あはは。カッコ悪いですねぇ」  堪らず、笑ってしまう。今の桃枝は正真正銘、格好悪いからだ。  だが、それでも……。 「ボクなんかより、課長の方がよっぽど【いい人】ですよね」  そう思ってしまったのだから、不思議な話だ。 「はぁ? 部下との付き合い方を、一回り以上年下の部下に教わるような奴がか?」 「変わろうとする向上心と、どんな相手ともしっかり向き合おうとする姿勢。素晴らしいじゃないですか」 「体調不良を恋人に隠すような奴がか?」 「今後は改善してくれるのなら、ヤッパリいい人じゃないですか」  腕を組んだまま山吹を振り返った桃枝の顔はもう、赤くない。 「そ、そう、か。……そりゃ、どうも」  しかしすぐに、赤くなる。分かり易い桃枝が、やはり可笑しくて。山吹はまたもや、笑ってしまった。

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