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桃枝との談笑を楽しみつつ、山吹は食器に作り立ての料理を盛り付けていく。
白米だけは、パックご飯をレンジで温めて。ようやく、山吹お手製の夕食が完成した。
「お待たせしました。そっちのテーブルに並べちゃっていいですか?」
「あぁ、いいぞ。俺も手伝う」
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
メニューは、ひねりもない普通の家庭料理だ。食器をリビングのテーブルに運びながら、桃枝は目を細める。
「こういう時って、普通は粥やらうどんやらを出すもんじゃねぇのか?」
「消化のいいものじゃないとダメなくらい弱っているなら、冷蔵庫の中に入れたゼリーを食べたらいいじゃないですか。食欲があるのでしたら、フツーの晩ご飯でいいんですよ。じゃないと、ジャンルが被っちゃいます」
「なんだよ、看病メニューのジャンル被りって」
「もうっ。文句があるなら食べなくていいですよ、持って帰りますから」
「断固拒否する。金を払ってでも絶対に食うからな」
「念のため言っておきますが、お金は要らないですからね?」
金銭的に余裕のある男は、なぜこうも金に物を言わせようとするのか。桃枝と繰り広げた年始のお年玉事件を思い出し、山吹は微妙な表情を浮かべてしまう。
食器を並べ終え、飲み物も用意した。山吹と桃枝は食卓テーブルの椅子に座り、どちらからともなく食前の挨拶を済ませる。
……さて。実はこう見えて、山吹は緊張している。なぜなら、手料理を誰かに振る舞ったのは数年前──父親が最後だからだ。
味付けを失敗していた場合、山吹の父親は【愛ある教育】として平手打ちをしてきたのだが……。それとは違う緊張感が、山吹の中にはあった。
「……おいしい、ですか?」
味覚音痴のつもりはないが、桃枝の口に合わなかったらどうしよう。恐る恐る、山吹は感想を訊ねた。
山吹が作った料理を、桃枝は頬張っている。表情は、普段と変わらず硬い。
数回の、咀嚼。喉元が、食べ物を通したと伝えるように動いて……。
「幸せだ」
桃枝は、問いに対する返答を口にした。
無論、山吹は苦言を呈する。
「今のは、味の感想としておかしくないです?」
「ん、あぁ、悪い。現状への本心が出た。世辞を抜きにしてウマいぞ、本当に。毎日でも食いたいくらいだ」
「またそうやって調子のいいことを言う……」
桃枝は、嘘を嫌う。『世辞を抜いた』と言うのなら、今の感想は本心ということだ。ホッと、山吹は静かに安堵する。
もう少しおいしそうに食べてくれてもいいのだが、そこは桃枝だ。『幸せ』と言いながらも、眉間に寄った皺はなくなりそうになかった。
「ん? このきんぴらごぼう、やけに甘いな」
「ボク、辛いものも苦手なんですよね」
すぐに、桃枝からの視線に気付く。山吹はハッとして、顔を上げた。
「ぶりっこじゃないですよ! 本当ですっ、実話ですっ!」
「まだなにも言ってないだろ」
「目が! 課長の目が『カワイイ』って言ってます! 確かにボクはカワイイですけど、今のは狙ったわけじゃないんです!」
「確かにお前を『可愛い』とは思ったが、それもただの本心だ、許せ」
なぜ、山吹が可愛いと桃枝の表情が緩むのか。そうするくらいなら、手料理を前にして表情を変えてほしいものだ。
山吹は自分のお子様な味覚が恥ずかしくなり、むっと唇を尖らせた。
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