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 拗ねていては、食事ができない。すぐに気持ちを切り替えて、山吹も桃枝に続き、食事を始めた。  ……のだが。 「──あつっ」 「──っ! 大丈夫かっ?」  慌てたつもりはなかったのが、作り立ての料理を冷まし忘れてしまった。熱々の料理に、山吹は見事、ダメージを負ってしまう。  山吹の小さな悲鳴を聞き、心配になったのだろう。桃枝が、椅子から立ち上がりかけている。 「あちち。……舌、ヤケドしてないでしょうか?」  ぺろ、と。山吹は舌先を桃枝に見せた。  すると、なぜか。……桃枝が、ため息を吐いたではないか。しかも、猛烈に深く、長いため息を。 「えっ、なんですか。今の、ふかぁ~いため息は?」 「ため息が出るくらい、今のお前が可愛かったんだよ……ッ」 「よく分かりませんが、ありがとうございます?」  上がっていた腰が、ドカッと椅子に落とされる。顔を手で覆いながらまたしてもため息を吐いているのだが、いったい山吹のなにがそこまで桃枝を困らせたのか。さすがの山吹にも、分からなかった。  今度はしっかりと料理を冷ましつつ、山吹は目つきが鋭くなってしまった桃枝に声をかける。 「それにしても、課長って語彙力がザンネンですよね。口を開けば『カワイイ』ばっかりじゃないですか」 「情けないことこの上ないが、その指摘には激しく同意だ。お前を見てるとな、自然と『可愛い』って感想しか出てこなくなるんだよ。本気で、自分の語彙力のなさが嫌になる」 「それは困りましたね。確かにボクはカワイイですけど、どうせならもっと具体的に褒められたいものです」 「具体的に……」  突然、桃枝が顔を上げた。 「山吹のいいところは、下心が見え透くような謙遜をしないところだな。例えば、素直に自分を『可愛い』って言えるところとかな」  まさかの、即時に順応。さすが、管理課の課長だ。……この役職が関係あるのかは、謎だが。 「えぇ、まぁ。ボク、男にしては結構カワイイ部類の顔ですからね」 「あぁ、可愛いな」 「ちょっと、イヤですっ。頭を優しく撫でないでくださいっ」  すっと伸ばされた手が、山吹の頭を撫で始める。すぐに山吹は椅子ごと身を引き、桃枝から距離を取った。 「あのですね、課長。ボク、ホントに困るんですよ」 「なにが」 「頭を優しく撫でられることが、です」 「なんで」 「むしろその態度に『なんで』と言いたいのですが……」  何度言っても、分かってもらえない。桃枝はそんなに山吹の頭を撫でたいのだろうか。  言葉で伝わらないのなら、体で伝えよう。山吹は引いた椅子を前に戻し、ついでに身を乗り出して、桃枝に向かって手を伸ばした。 「──っ!」  ──桃枝の頭を、優しく撫でるために。 「ほら、どうですか? こうして、優しく頭を撫でられると……ね? 落ち着かないでしょう?」 「……」 「あれっ? 課長、どうし──……あらら?」  頬が、赤くなっている。それはもう、熱が上がったのではないかと心配になるほど。  そっと、桃枝は頭を撫でる山吹の手を握る。そのまま桃枝はぎこちない動きをしながら、山吹から視線を背けた。 「……俺、なら。……そこまで、嫌でも、ねぇ……っ」 「大人なくせに……」 「こういうのに年齢なんか関係ねぇだろ」  なぜか、喜ばせてしまった。これでは、作戦が失敗に終わってしまうではないか。  ……だが、ほんの少し。僅か数ミリ程度。  照れて、喜んでいる。そんな桃枝を、山吹は『カワイイ』と思ってしまった。

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