78 / 465
4 : 15
拗ねていては、食事ができない。すぐに気持ちを切り替えて、山吹も桃枝に続き、食事を始めた。
……のだが。
「──あつっ」
「──っ! 大丈夫かっ?」
慌てたつもりはなかったのが、作り立ての料理を冷まし忘れてしまった。熱々の料理に、山吹は見事、ダメージを負ってしまう。
山吹の小さな悲鳴を聞き、心配になったのだろう。桃枝が、椅子から立ち上がりかけている。
「あちち。……舌、ヤケドしてないでしょうか?」
ぺろ、と。山吹は舌先を桃枝に見せた。
すると、なぜか。……桃枝が、ため息を吐いたではないか。しかも、猛烈に深く、長いため息を。
「えっ、なんですか。今の、ふかぁ~いため息は?」
「ため息が出るくらい、今のお前が可愛かったんだよ……ッ」
「よく分かりませんが、ありがとうございます?」
上がっていた腰が、ドカッと椅子に落とされる。顔を手で覆いながらまたしてもため息を吐いているのだが、いったい山吹のなにがそこまで桃枝を困らせたのか。さすがの山吹にも、分からなかった。
今度はしっかりと料理を冷ましつつ、山吹は目つきが鋭くなってしまった桃枝に声をかける。
「それにしても、課長って語彙力がザンネンですよね。口を開けば『カワイイ』ばっかりじゃないですか」
「情けないことこの上ないが、その指摘には激しく同意だ。お前を見てるとな、自然と『可愛い』って感想しか出てこなくなるんだよ。本気で、自分の語彙力のなさが嫌になる」
「それは困りましたね。確かにボクはカワイイですけど、どうせならもっと具体的に褒められたいものです」
「具体的に……」
突然、桃枝が顔を上げた。
「山吹のいいところは、下心が見え透くような謙遜をしないところだな。例えば、素直に自分を『可愛い』って言えるところとかな」
まさかの、即時に順応。さすが、管理課の課長だ。……この役職が関係あるのかは、謎だが。
「えぇ、まぁ。ボク、男にしては結構カワイイ部類の顔ですからね」
「あぁ、可愛いな」
「ちょっと、イヤですっ。頭を優しく撫でないでくださいっ」
すっと伸ばされた手が、山吹の頭を撫で始める。すぐに山吹は椅子ごと身を引き、桃枝から距離を取った。
「あのですね、課長。ボク、ホントに困るんですよ」
「なにが」
「頭を優しく撫でられることが、です」
「なんで」
「むしろその態度に『なんで』と言いたいのですが……」
何度言っても、分かってもらえない。桃枝はそんなに山吹の頭を撫でたいのだろうか。
言葉で伝わらないのなら、体で伝えよう。山吹は引いた椅子を前に戻し、ついでに身を乗り出して、桃枝に向かって手を伸ばした。
「──っ!」
──桃枝の頭を、優しく撫でるために。
「ほら、どうですか? こうして、優しく頭を撫でられると……ね? 落ち着かないでしょう?」
「……」
「あれっ? 課長、どうし──……あらら?」
頬が、赤くなっている。それはもう、熱が上がったのではないかと心配になるほど。
そっと、桃枝は頭を撫でる山吹の手を握る。そのまま桃枝はぎこちない動きをしながら、山吹から視線を背けた。
「……俺、なら。……そこまで、嫌でも、ねぇ……っ」
「大人なくせに……」
「こういうのに年齢なんか関係ねぇだろ」
なぜか、喜ばせてしまった。これでは、作戦が失敗に終わってしまうではないか。
……だが、ほんの少し。僅か数ミリ程度。
照れて、喜んでいる。そんな桃枝を、山吹は『カワイイ』と思ってしまった。
ともだちにシェアしよう!