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 夕食を終え、山吹は自然と食器洗いを完遂。食卓テーブルの上も拭き、ごみの分別も問題なく終えようとしていた。  テキパキと働く山吹に、桃枝は『なにかできることは』と訊ねたが……山吹からの返事は『お風呂にどうぞ』だけ。渋々、桃枝は汗を流すためにシャワーを浴びに向かった。  なんの悪意も持ち合わせてはいないが、こうも簡単に山吹を部屋の中に一人で置いておけるとは。なにかを盗むつもりなんてないにしても、桃枝が向ける山吹への信頼は相当だ。  若しくは、そもそも【疑う】という概念が内包されていないだけなのか……。真意は、分からないが。 「……よしっ。片付け終了、っと」  だが、それでいい。どんな理由であろうと、山吹の中に残った目的を達成するためには、桃枝に体を洗ってもらわなくてはいけないのだから。  ──なぜならまだ、山吹は当初の目的を果たせていないのだ。  隠し事をしていた桃枝は赦したが、お仕置きをしなくては。これは【怒り】が原因ではなく、単純に【楽しそうだから】という動機だ。桃枝からすると、堪ったものではないだろう。  なんのために職場から直接このマンションへ向かわず、わざわざ一度、アパートに戻ったのか。桃枝へのお仕置きのために【仕込み】をするためだ。言わずとも、分かるだろう。  山吹はにんまりと口角を上げて、身に纏ったパーカーを手の平で撫でる。  すると、そのタイミングで……。 「戻ったぞ」  なにも知らない桃枝が、頭をタオルで拭きながら戻ってきた。  普段は髪を上げている桃枝は今日、部屋で休息を取っていたこともあり前髪は上げられていなかったのだが……。やはり【濡れた髪】というものは、どことなく蠱惑的だ。山吹のテンションは、ひそかに上がる。  しかし、気取らせない。山吹は普段と変わらない笑みを浮かべて、桃枝を振り返った。 「おかえりなさい。具合は大丈夫ですか? 悪化とか、していません?」 「お前を見たからか、かなりご機嫌だ」 「なによりです」  キッチンから移動し、桃枝へと近寄る。  トコトコと近寄って来た山吹に見惚れつつ、桃枝はすぐに手を伸ばす。 「片付け、結局全部やってくれたんだな。ありがとな、山吹」 「子供扱いしないでくださいよ、これくらい社会人ならフツーです」 「【恋人扱い】だっつの。親戚のガキの頭だって撫でたことねぇんだぞ」 「それは課長のお顔が怖くて子供が寄ってこないからでは? ……って、ひゃあっ! 手つきがっ、手つきが乱暴ですっ! 髪形が崩れちゃうじゃないですかっ!」 「こういうのが好きなんだろ」  グシャグシャと、頭が乱暴に撫でられる。いつもの手つきよりは好ましいはずなのに、なぜだかいつもより恋人っぽいやり取りだ。山吹は桃枝を睨みつつ、髪形をササッと手で軽く直す。  まったく、呑気なものだ。自分がいったい、どんな男を前にしているのか。そのことに、気付いていないのだから。  微笑ましいやり取りを終えたとしても、山吹の意思は変わらなかった。  どことなく嬉しそうに笑っているこの男を、翻弄したい。自分ではなく他の男を優先して体調不良を伝えたこの男に、分からせなくてはならない。 「あっ、そうです。……ねぇ、課長」  距離を詰めて、甘えるような声を出して。 「──ボクが着てるパーカー、チャックを下げてもらってもいいですか?」 「──ハァッ?」  山吹は、桃枝をいじめ始めた。

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