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わざとらしくて、だからこそいやらしく見える。冷静に見るとどうにも滑稽でしかない恰好だが、やはり桃枝も男。あざとすぎるコスプレ衣装に、大喜びな様子だ。
しかし、桃枝の理性は強い。すぐに我を取り戻すほどに。
「……んっ? いや、ちょっと待て! お前っ、まさかこんな恰好のまま電車に乗ったり買い物を済ませたりしたのか!」
「課長だって気付かなかったでしょう?」
「そうだが……! いや、そうなんだが……!」
山吹の反論は、正論だ。それでも桃枝は複雑そうに頭を抱え、なにかをブツブツと呟いている。ファスナーを下ろすまで気付かなかったくせに、今さらなにを慌てているのか。
だが、出オチで終わらせるつもりはない。山吹はすぐに、自身が穿いているズボンに指を添えた。
「個人的にはズボンの下に穿いているスカートと、さらにその下も見ていただきたいのですが」
「まさかお前……!」
「さすがにパンツは穿いてますよ、ヘンタイ」
「今のお前にヘンタイ扱いされるとはな……!」
なるほど、下着は無い方が好みだったか。的外れなことを考えつつ、山吹は困惑している桃枝を見上げた。
このまま言葉で煽り続けたところで、桃枝は動かないだろう。すぐに見切りを付けた山吹は、桃枝の耳朶に届くようにと背伸びをした。
「や、山吹……っ?」
当然、桃枝は動揺する。折角詰めた距離が開きかけてしまうほどに。
しかし、山吹が桃枝を逃がすわけがない。
「寝室で、全部見てほしいです。ボクが課長を想って身に着けた、エッチな服を。下着まで、全部」
腹癒せが終わっていなければ、加虐心も満たされていないのだ。桃枝を揶揄うためなら山吹は、理解もできていない恋情にだって付け入る。
選んだ言葉は、桃枝にどう届いただろう。物は言いようで、結局のところは【ただの嫌がらせ】のくせに。
こくり、と。桃枝の喉が、音を鳴らす。唾を飲み込むその音は、距離を縮めた山吹の鼓膜を控えめに揺らした。
「いっ、いやっ、俺は風邪が……っ」
「いけませんか? ヤッパリまだ、本調子じゃないでしょうか……」
「そっ、そういうわけじゃ、なくて……ッ」
嗚呼、楽しい。山吹は腹の中で、思わずほくそ笑む。
今まで何人もの男女を揶揄ってきたが、ここまで純真だった相手がいただろうか。
山吹が関わってきた相手は誰しもが【当然のように邪な下心】を持っていた。つまり、山吹が色っぽく迫ることを相手はどこかで『当然だ』と思っていたのだ。
けれど、桃枝は違う。迫られることは想定外で、誘われることだって予測していない。
だからこそ、山吹はきっと……。
「今まで、こういう恰好を強請られたことはありましたが……自発的に着たのも、ボク自身が『喜んでほしいな』と思ったのも。……どちらも、課長が初めてです」
少しずつ変わっていく自分が、どこか不思議な心地だから。……山吹は桃枝を、手放したくないのだろう。
硬直したままなにも語らない強情な桃枝の耳朶に、山吹はわざと舌を這わせる。
「課長の寝室に、入ってもいいですか?」
大袈裟なほど体を震わせた桃枝の視線が、山吹に注がれた。
「……っ。……ク、ソ……ッ」
桃枝が低く呻いた、その意味は。言われずとも、山吹は理解していた。
なぜならすぐに……桃枝の熱い手が、山吹の手を引いたのだから。
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