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桃枝の寝室に置かれているベッドは広く、山吹が使っているベッドの倍はある大きさだった。
ふかふかのベッドに座った山吹は、穿いていたズボンをすぐに脱ぎ捨てる。どこか期待を孕んだ桃枝の視線に、気付きながら。
「お前、本当にスカートなんて穿いてたんだな……」
「気付かなかったでしょう?」
「あぁ、気付かなかった。だから今日のお前は、前回と違ってデカいズボンを穿いてたのか」
桃枝が言う『前回』とは、初めてのデートだろう。若しくは、年始に見せた部屋着のことか。……どちらにせよ、山吹の感想はひとつだ。
「結構しっかり、ボクのことを見てくれているんですね」
「好きな奴の貴重な私服姿だぞ。見るに決まってる」
いくら短いスカートだとしても、ズボンの下に穿けば違和感がある。山吹は桃枝を油断させるため、わざとオーバーサイズで緩いシルエットのズボンを選んだのだ。
全てが、桃枝を驚かせるために選び抜かれた姿。正しく【桃枝のための服】を纏っているのだが、果たして桃枝は気付いているのか。……山吹本人ですら、執念のようなファッションにどこまで自覚があるのか疑問だ。
「では、今のボクもじっくり見てください」
脱ぎ捨てられたズボンに隠されていたスカートは、あまりにも丈が短すぎる。桃枝の目はすぐに、露出した山吹の脚に注がれた。
「目の毒だな……っ」
「『保養』の間違いじゃなくてですか?」
「毒だろ。こんな、人の理性をグチャグチャに溶かすような光景は……ッ」
「同じ男とは思えないキレイな脚でしょう? 触ってもいいですよ?」
「さッ、触りは、しない……ッ」
欲望と理性が、目に見えてせめぎ合っている。『触っていい』と言われた瞬間に指先を跳ねさせたくせに、低俗な男だと思われたくないのか、すぐに拳を作っていた。
それでも、目は口ほどになんとやら。紳士ぶろうとしているくせに、視線だけは山吹の脚に釘付けだ。言葉と行動のチグハグさに、なおさら山吹は高揚してしまう。
「脚もいいですけど、もっと奥──スカートの中、見たくないですか?」
つい、と。山吹は指先でスカートの裾をなぞる。指先の動きをしっかりと、桃枝の視線は追っていた。
実に、素直で結構。山吹は口角を上げて、優しい声音で言葉を紡ぐ。
「好き嫌いせずに、ボクが作ったお夕飯を全部食べてくれたご褒美です」
そう言い、山吹は躊躇いなく。しかしゆっくりと、スカートを捲って見せた。
またしても、桃枝が目に見えて狼狽する。
「お、お前、なんて下着を……ッ」
「こういうの、お嫌いですか?」
「アホ……ッ。……好きだっつの、クソが……ッ」
「わぁいっ、素直ですねっ」
紐を結んで、ようやく下半身を隠すための機能を果たす下着。……いわゆる、紐パンというものだ。
男が穿けば、なんとも防御力が心もとない下着だろう。勃起をしたが最後、下着から逸物がはみ出てしまいそうなのだから。
脚を見ていた桃枝の瞳が、今度は下着姿を凝視している。よほど、お気に召したらしい。ここまで注視してくれると、ノーリスクハイリターンな気持ちだ。
美とは、見られて輝くもの。そうした思想も、分からなくはない。
しかし、今の山吹にそれだけで足りるはずがなかった。
「課長。……ホントに、触らなくていいんですか?」
「さっ、触らねぇよ……ッ!」
「じゃあ、言い方を変えます。……触って、くれないんですか?」
グラッ、と。分かり易く、桃枝の理性が揺れた。目には見えないが、確信がある。
桃枝は、優しい男だ。普段の言動には悲しいことに現れていないが、山吹は知っている。
「お手入れ、頑張りました。だからボクも、課長からご褒美がほしいです」
惚れた弱みなのか、ただただ桃枝が単純なだけなのか。
いつだって、桃枝は山吹に翻弄されるのだ。
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