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4 : 21 微*

 すりすりと、桃枝の逸物を撫でる。  しかし山吹の顔は、ほんの少し険しいものになっていた。 「もしかして、なにか勘違いしていませんか? 課長の愚行を赦しはしましたが、大前提にそもそも、ボクは許していないんですよ。課長が、ボク以外の人を選ぶなんて選択肢自体を」 「お前以外の奴を、俺が? そんなことしてねぇぞ」 「ボクじゃない人に弱みを見せたじゃないですか。だからこれは、お仕置きの時間ですよ。……課長の、浮気者」 「……なんだ、それ……っ?」  チラッと、桃枝の顔を覗き見る。  ……すると、どうしたことだろう。 「──ヤキモチみたいで、嬉しくなっちまうだろうが……ッ」  状況に似つかわしくなく、桃枝が喜んでいるではないか。  そんなわけはない。山吹が告げた言葉はただの八つ当たりで、甘い言葉ではないのだ。断じて、恋人同士の睦言ではない。  ……だが、やる気になったらしい。桃枝は自らの意思で山吹と距離を詰め、その頬を撫でた。 「お前、結構根に持つんだな」 「面倒な男で、イヤになりましたか?」 「いいや。むしろ、逆だ。面倒くさくて、ますます可愛く思えてきた」 「さり気なくディスッてますよね。酷い人です」  すぐに「まぁ、お互い様ですね」とどこか自嘲気味に呟いた山吹の額に、桃枝はキスを落とす。  唇を外したのは、未だに『風邪を移すかもしれない』とでも考えているからだろう。どこまでいっても強情で、真面目で、優しい男だ。  そんな男を、こうして独占していいわけがない。心の中で、山吹は気付いていた。  だが、今はそうした考えに圧し潰されたくない。山吹は桃枝を見つめてから、ニコリと笑みを浮かべた。 「──ところで課長、コンドームはどこにあるんですか?」 「──コッ、そっ、そんなモンねぇよッ!」  容赦なく、壊れるムード。カッと顔を赤らめた桃枝の声もあり、甘くなりかけた空気は霧散した。 「またまたっ、ウソばっかりぃ~? 課長、ボクとするセックスのためにコンドームの付け方を自主練したんでしょう? まさか、一箱全部を練習で使い切っちゃったんですか?」 「クソ。なんでそんなこと憶えてるんだよ……ッ」 「──ちなみに、課長が『ナマでシたい』って言うなら、ボクはそれでもいいですよ?」 「──枕元の引き出しの中だ……ッ」  余裕の勝利を得た山吹は、身を乗り出してコンドームを探す。 「お前っ、馬鹿やめろ! スカートの中が見えてる!」 「どこ見てるんですかスケベ」 「はぁっ? 俺が悪いのかっ?」  見られてもなんら困らないが、桃枝を困らせて遊ぶためなら恥じらいを引っ張り出したっていい。山吹は片手でスカートを押さえつつ、コンドームが入った箱を見つけた。  開封済みの箱からコンドームを取り出しつつ、山吹は無邪気に訊ねる。 「ところで、課長? ボクとするセックスのためにコンドームを付ける練習をしていたということは、なにかしらの妄想をして勃起させていたということですよね? いったい、なにを想像して楽しんでいたんですか?」 「今日のお前、すげぇ生き生きしてるな……ッ」 「ボク、課長が困っていると楽しいですっ」 「……クソ、可愛い」  やはり、桃枝では山吹に勝てない。少し可愛い声を出されただけで、なんでも許してしまうのだから。 「そんなの、言わなくても分かるだろ。俺が想像するモンなんて、ひとつなんだから」 「むむぅ~? いったいなんでしょうかぁ~?」 「生き生きしやがって……ッ!」  期待に満ちた目で、桃枝を振り返る。どこまでも桃枝は不服そうだが、どこまでいっても【惚れた弱み】というもので……。 「──お前、だよ。お前とするときのための練習なんだから、当然だろ。いちいち言わせんな、馬鹿ガキが……ッ」  想定できたはずの答えが届き、山吹は笑う。……そう、笑ったのだ。  なぜか胸の奥がくすぐられたようで、それでいてどこか気恥ずかしくて、それ以上に……。……その先を、山吹は考えないようにしながら。 「課長の、エッチ」  イタズラっぽく、山吹は笑った。

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