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 跨って、まるで道具のように桃枝の逸物を弄ぶ。  主導権の一切も渡されていない桃枝だが、それでも愉しんではいるらしい。 「また硬くなりましたね。それに……んっ。大きくて、立派です……っ」 「山吹……ッ」 「あっ、ん。そんな目で、見ないでくださいよ。ドキドキ、しちゃうじゃないですか……っ」  桃枝が山吹に向けているのは、雄としてのギラついた欲望を孕んだ視線だ。  ゾクゾクと、山吹の背筋を快楽が這う。桃枝が山吹を求めるその瞳はどこか、今まで夜を共にした相手とは違う気がするからだ。  純粋で、無垢で、美しくて……。瞳から注がれるその想いが、山吹の胸になにかを満たしていきそうで。 「ぁ、んっ。課長、お願いします、かちょぉ……っ」 「どうした、山吹?」 「──ボクの腕を、縛ってください……っ」  山吹の理性が、溶けてしまう前に。焼き切れてしまう直前に、山吹は桃枝に【お願い】をした。 「このままじゃボク、課長を怒らせてしまいます。だから、お願いです……。腕を、縛ってください……っ」 「怒る? 俺が、お前に? なんでだよ?」  当然の疑問だろう。山吹を見上げたまま、桃枝はほんのりと驚いていた。 「ボクは、大人の男だから。……だから、人に抱き着いちゃ、ダメなんです」  ピクリと、桃枝の眉が動く。 「子供の頃、ボクはいつも母さんにくっついて寝ていました。温かくて、優しくて、安心できたんです。だからボクは母さんが死んだ後、父さんにくっついて寝ようとしました。……さすがにもう、この手の話のオチはお分かりですよね?」  続く話が、どういうものなのか。言われずとも、桃枝は分かってしまったのだ。 「父さんに初めてくっついた、その夜。ボクは父さんから、蹴り飛ばされました。だけど『その日はたまたま機嫌が悪かったのかな』と思って、ボクは何度もチャレンジしました。人の温もりがないと眠れないくらい、母さんとの就寝が好きだったからです。だけど父さんは、ただの一度もボクがくっつくことを許してはくれませんでした」 「やめろ、山吹……ッ」 「蹴られて、殴られて。何度目か分からない気絶をしたある日、ボクは気付いたんです。『ボクは男だから、いつか大人になるから、誰かにくっついたらダメなんだ。メーワクなんだ』って。……あははっ。ホント、ボクって頭が悪いですよね。父さんはあんなに分かり易く、ボクの将来を想って、ボクを叱ってくれていたのに」 「山吹……ッ!」  焦燥と、怒気。桃枝の声を聞き、山吹はハッとした。 「すみません、ベッドの上でするような話ではなかったですよね。……ですが、腕を固定してもらいたい理由は以上です。ご理解いただけましたか?」  良かった、萎えてはいないようだ。話しながらも腰を上下に動かしていたのは、どうやら正しい判断だったらしい。 「咄嗟に、しがみついてしまいそうなんです。……ボクは、セックス中に課長を怒らせたくありません。だから、縛ってください」 「俺はお前を怒ったりしない。しがみつきたいなら、好きなだけしがみつけ」 「課長……っ」  桃枝は、分かっていた。そう言ったところで、山吹の迷いが吹っ切れることはないと。……それほどまでに、山吹が抱える【家族からの愛】は重く、深いものなのだから。 「縛ってくれないのなら、課長とはもうセックスできませんね。だけどボクは淫蕩な男なので、持て余した肉欲をどこにぶつけたらいいのでしょうか。……ね、課長?」 「……ッ」  優しい桃枝には、相応しくない。そうと分かっていながら、山吹は笑った。

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