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 こんなものは、ただの脅しだ。桃枝の優しさに何度付け入れば気が済むのか疑問なほど、山吹は桃枝に悲しい笑みを向けた。  しかし、桃枝の根底に在る気持ちは山吹の父親とは違う。 「縛るものなんか、ねぇっつの。だから、仕方ないだろ。諦めてくれ」  なんとか『仕方ない』と言って、諦めさせたい。桃枝は山吹を見つめたまま、同じく悲し気な目をする。  それでも優位なのは──意思が強いのは、山吹の方だ。 「そこにタオルがあるじゃないですか」 「汗を拭いたタオルだ。汚いからやめろ」 「男の人の汗の臭いって、コーフンしませんか?」 「……クソが」  桃枝は、敗北を認めたらしい。手を伸ばし、ベッドの上に放り投げられていたタオルに触れた。 「言っておくが、痕が残るようなキツイ縛り方はできねぇぞ。それこそ、俺が萎える」 「解けない程度で構いません。拘束してくれるのなら、それで」  折衷案を見つけ、ようやく願いが叶う。桃枝はタオルを掴み、山吹の手首を後ろ手に縛り始めた。 「は、ぁ……っ。腕、縛られるの……気持ち、いぃ……っ」  行動を制限されている安心感が、山吹を素直に快楽へ没頭させてくれる。  決して、山吹は被虐性愛者ではない。セフレからは何度も『マゾだよな』と言われてきたが、そんなつもりは欠片もないのだ。  ただ、思考が邪魔をするから。父親の教えが脳裏にチラつき、セックスへと素直に没頭させてくれないだけ。だから拘束を望み、手酷い仕打ちを求めてしまうだけなのだ。 「ボク、すごく感じちゃっています……っ。んっ、課長は? 課長もちゃんと、気持ちいい、ですか……っ?」 「当たり前だろ、訊くな」 「んっ、良かったです……っ。……あっ、ん、っ」  それでも、ここまで快楽を求められているのは初めてだった。不思議と、山吹の胸は満たされているのだ。  拘束をされたいが、被虐性愛の気はない。だからなのか、優しい桃枝が相手だと心地良いのかもしれなかった。  手酷い仕打ちが、愛なのだとしても。それでも山吹は、桃枝の優しさに微かな喜びを見つけてしまって……。認めかけたその瞬間に、山吹は慌てて理性と信念を連れ戻す。 「山吹、無理するなよ……ッ」  突然抽挿の速度を上げた山吹を見上げて、桃枝は頬を撫でる。  やめてください、と。優しくしないでくださいと、言葉が胸を突き破って溢れそうになる。  このままでは、優位なまま負けてしまう。山吹はなんとか寂し気な表情を浮かべて、桃枝を見下ろした。 「課長、ボク……課長とキス、したいです……っ」 「っ! そ、それは。……それは、さすがに本気で駄目だ」 「あっ、んっ! なんで、ですかぁ……っ?」 「やめろ、話してる時に動くな。理性が、焼き切れる……ッ」  ベッドの軋む音が、寝室に響く。山吹を犯す淫らな音が激しさを維持したまま、桃枝の理性に訴えかけ始めた。 「キスは、駄目だ。さすがに、リスクが大きい」  今さらなにを。強情なのも、ここまでくると『面倒なのでは、苦しいのでは』と、心配になってくる。 「宝物みたいに、扱わないでください。ボクは、そんな扱いを受けていい男じゃないんです……っ」  八つ当たりのようにセックスを強要されて、辱めを受けて、不本意な行為まで強いられたのは桃枝なのに。それでも変わらず、桃枝は山吹に優しい。  そんな優しさを、これ以上目の当たりにしたくなくて……。 「課長、お願い……っ。ちゅー、して……っ?」  山吹は上体を倒して、桃枝の鼻に自身の鼻を擦りつけ、誘惑した。

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