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後処理を手早く終えた後、山吹はスマホで電車の発車時刻を確認していた。
「あっ。セックスしてたら終電、逃しちゃいました」
スマホで確認した時刻は、既に過去のもの。山吹はすぐに顔を上げて、ベッドに腰掛ける桃枝を見つめる。
「課長。今日、泊まっていってもいいですか?」
「今さらお前の行動を止めねぇよ。好きにしろ」
「寝間着もお借りしていいですか?」
「俺の服をか? ……あ、あぁ、そうだな。いいぞ、貸す」
「あっ。今、サイズの合わない服を着たボクを想像してドキドキしましたね? 課長って、本当にむっつりさんですよねぇ?」
「バッ! う、うるせぇッ、気付いても指摘するんじゃねぇよッ!」
「あっははっ!」
体を重ねても、桃枝は変わらない。山吹の言葉ひとつに翻弄され、山吹一人に心を掻き乱されてくれる。
桃枝で遊ぶのは楽しく、そうした触れ合いを抜きにしても、桃枝と過ごす時間は楽しい。山吹はススッと桃枝に近寄り、耳元に唇を寄せた。
「下着は穿かない方がお好みに合いますか、課長?」
「馬鹿なこと言うなっつの、マセガキ。新しいやつを貸してやるから、サイズが合わなくてもちゃんと穿け」
「はぁ~いっ」
桃枝は立ち上がり、そのまま移動を始める。どうやら、寝間着を用意してくれているようだ。
「さすがに新品の寝間着なんかねぇから、そこは我慢しろよ」
「課長の汗がたっぷり染みた寝間着でも、ボクは喜んで着ますよ?」
「だから、馬鹿なこと言うなって。……ホラ、着替え。それと、立てるなら風呂に入れ」
「えっ? もうナース服から着替えちゃっていいんですか?」
「さも俺が望んだみたいな言い方はやめような、山吹?」
「あうっ、頭を優しく撫でないでください~……っ!」
おかしな撃退法だなと思いつつ、桃枝は山吹の頭を撫でる。
優しくされるのは、やはり戸惑う。山吹はすぐにベッドから立ち上がり、桃枝から距離を取った。
「一応、シャワーの使い方とかを教えてやる。……立てるか?」
「立てます、けど。少し、意外ですね。てっきり、課長は『一緒に入る』くらい言うかと思ったのですが。……あっ、違いますよっ! 今のはいやらしい意味じゃなくてっ!」
「分かってるから、頭を庇うな。さすがの俺でも凹むぞ」
着替えを受け取った山吹に背を向けて、桃枝はなにかを探し始めている。
背を向けたまま、桃枝はなんてことないように答えた。
「──お前、俺に上半身を見られたくないんだろ。心配は当然してるが、それでもお前が嫌がることを強要はしねぇよ」
思わず、身じろぐ。なぜ、山吹が上半身を見られたくないと知っているのか。
そこで、山吹は思い出した。初めて桃枝とセックスをした日に、バスローブを捲られそうになった瞬間……咄嗟に、全力で拒絶してしまったことを。
誤魔化せていたつもりだったが、桃枝は気付いていたのだ。浅慮さに、山吹は奥歯を噛んでしまう。
すると、桃枝は探し物──バスタオルを用意してから、山吹を振り返った。慌てて、山吹は表情を取り繕う。
「ほら、タオル。……もしも本気で体がキツかったら、俺を呼べよ」
「はい。分かりました」
「……お前、なんて顔してるんだよ」
手が伸ばされて、すぐに、引っ込められる。
「やめろよ。お前のそういう顔は、見ていて気分が悪い」
冷たい言葉だが、これは【心配】からくる言葉だ。取り繕い切れなかった山吹の表情は、そんなに痛々しかったのだろうか。
「課長。……ありがとうございます。なにも、訊かないでいてくれて」
「……あぁ」
荒れた部屋を見られても、過去を語っても。山吹の心は、波風を立てなかった。
しかし、体に残った傷──父親の暴行によって残った、煙草の火傷痕だけが。どうしても、山吹は割り切れなかった。
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