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桃枝を落ち着かせることに成功した山吹はなぜか今、テーブルを挟んで桃枝の正面に座らされていた。
「お前、そういうの……軽々しく提案するなよ」
「確かに軽い気持ちで言ってはいますが、こんなこと誰にでも言うわけじゃないですよ? 両親を除けば課長にしか言ったことありません」
「そういうことも軽く言うな、ときめくだろクソが」
「なんでボク、鋭い目つきで仮カレシから睨まれているんですかね?」
「──『仮』は余計だ」
「──目つきがさらに鋭く……!」
よくは分からないが、おそらく照れているのだろう。そう納得し、山吹はホッと安堵する。
気持ちに余裕ができたからか、不意に。山吹は睡魔に襲われた。
「ふ、わぁ~っ。……いいじゃないですか、同じベッドで寝るくらい。さっきまでボクたちはセックスを──……んっ?」
欠伸を終えた後、山吹は桃枝を見る。……なぜか、ジッと見つめられているからだ。
「課長? なんですか? そんなにジーッと、ボクを見つめて」
「いや、なんだ。……欠伸をするところも、可愛いなと。そう思った、だけだ」
「な、なんですか、もう。……見ないでください、エッチ」
さすがに、そこは作戦ではなく素の姿だった。怒っていたはずの桃枝が一瞬にして上機嫌になる欠伸を見せてしまったのかと思うと、妙に気恥ずかしい。
「とっ、とにかくっ。早く寝ましょうよ、さすがに眠たいです」
「そ、そう、だな。……ちなみに、本気で一緒に寝るつもりか?」
「あれだけ広いベッドなら、大人の男二人でも余裕ですよ。……まさか、男を呼ぶために買ったんですか?」
「冤罪にもほどがねぇか、コラ」
どうやら、桃枝も納得してくれたようだ。山吹は立ち上がり、ぎこちない歩みの桃枝と共に寝室へと向かった。
「そう言えば……今さらですけど課長は寝るとき、スウェット派なんですね」
「楽だしな。こだわりってほどじゃねぇけど、ずっとスウェットだったからか、落ち着くんだよ」
てっきり、ブランド物のパジャマを着ているのかと思ったが。どうやら、桃枝も気を抜くときは抜くらしい。
すると、前を歩く桃枝はなにか思うことがあったようだ。突然、歯切れが悪くなった。
「……あー、その、なんだ。……ちなみに、山吹は?」
「裸ですよ」
「はッ、裸ッ?」
「ウソです。ジャージとか、短パンとかシャツとか……こだわりはないですね」
「なんで嘘を吐いた……ッ」
「課長の反応が見たかったのでっ。……てへっ」
「クソ、可愛い顔しやがって……!」
まさか現実で『てへっ』と言う社会人がいるとは。振り返った桃枝に向けて咄嗟に舌を出した自分に驚きだと、山吹は内心で思う。
だが、許された。桃枝は嘘を嫌うが、ジョークはどうなのだろうか。不毛なことを考えつつも、山吹は桃枝の寝室へ入る。
「では、そろそろ寝ましょうか」
「……。……あぁ」
「そんなハッキリ『苦渋』と顔に書かなくても……」
なにをそんなに嫌がるのか、山吹には分からない。好きな相手と同じベッドで寝られるのなら、むしろ喜ぶべきではないのか。
……考えたところで、分かるはずもない。山吹は、恋をしたことがないのだから。心の中で山吹がそう気付くと同時に、なぜだか酷く虚しくなってしまった。
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