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紆余曲折──と言うほどでもないが、なにはともあれ健全なベッドインだ。山吹は桃枝に背を向けたまま、ベッドの上で丸まった。
電気を消し、静寂が二人を包む。……こうして実際に同じベッドで横になると、ようやく山吹は桃枝の気持ちが分かった気がした。
率直な感想として、落ち着かない。背後に誰かの気配を感じて寝るなんて、いったいいつ振りだろうか。母親とは抱き合って寝ていたことを考えると、山吹にとっては初めての経験かもしれない。
セフレと夜を明かしたことはあったが、就寝はしなかった。朝方までセックスをし、朝帰りをしただけで……健全な意味合いで寝たことはないのだ。
心が落ち着かず、意味もなく脚を動かしてみたり、手を動かしてみたりを繰り返してしまう。当然ながらその音は、桃枝に聞こえていた。
「なぁ、山吹。ひとつ、らしくないことを訊いてもいいか」
山吹が起きているという確信を持って、声をかけてきたのだから。
桃枝は今、どこを向いて話しているのだろう。おそらく、天井だろう。背を向けるとは考え難く、かと言って山吹を凝視しているとも思えないからだ。
しかし、わざわざ確認をするほどではない。背を向けたまま、山吹は口を開く。
「その前置きが既に【らしくない】ですが、いいですよ。なんでも訊いてください」
「どうも。……これから時々、電話をかけてもいいか?」
本当に、らしくない。想定できるはずもない問いに、山吹は桃枝を振り返りそうになった。
「本来なら今日は、会社でお前に会える日だった。だが俺は体調を崩して、休んだ。お前が看病に来てくれなかったら、俺は今日、お前に会えなかった」
「なんだか壮大な話になってきましたね。続けてください」
「だから、なんだ。時々で、いいから。……休みの日とかに、数分だけ。電話をかけても、いいか?」
ここまで言われて、山吹はようやく気付く。
──桃枝は、寂しかったのかもしれない。山吹に会えないと確定した今朝から、ずっと。……と。
なんて、分かりにくいのだろう。拙い言葉をかき集めて、それでもまだ分からなくて、仮定の段階までしか持っていけなくて。桃枝の感情に、山吹は確信が持てなかった。
それでも、桃枝の問いに答えなくてはいけない。山吹は毛布の端をキュッとつまみ、再度、口を開く。
「別にいいですよ。ボク、メッセージのやり取りも電話も苦手ではないので。……あっ、でもスタンプ合戦とかはダルいのでイヤです」
「スタンプ合戦? なんだそれ?」
「ただただメッセージアプリでスタンプを送り合うという不毛極まりないやり取りのことです」
「へぇ?」
とにもかくにも通話は、山吹的に問題がない。その意思を理解したのか、桃枝は返事をする。
「そのスタンプ合戦ってやつはよく分かんねぇけど、とりあえず電話はいいんだな? 本気でかけるぞ?」
「はい、いいですよ。日付が変わる前後くらいまでなら起きていますので、気が乗れば応じます」
「仮にお前が応じなかったら虚しくなるようなこと言うなよ……」
と言いながら、桃枝はどこか嬉しそうだ。顔を見なくたって、声のトーンで分かる。
これだけ分かり易いのに、どうして分かり難いときは本気で分かり難いのか。もったいない男だ。
会話がひとつ、終わる。またしても寝室はシンと静まり返り、静寂だけが広がっていく。
桃枝が、寂しがっていたのかもしれない。その可能性を僅かばかりでも考えてしまった山吹は、なぜか胸の奥が締め付けられた。
桃枝に愛されて、不快だからか。……きっと、違う。
「……課長」
「なんだ」
「寒いです」
胸が締め付けられて、それなのに背を向けてしまっている、その理由。それは、きっと……。
「──後ろからボクのこと、抱き締めてくれませんか?」
山吹も、同じだったからだ。
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