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 硬直と、動揺。桃枝が息を呑んだ音は、ハッキリと聞こえた。 「だっ、だき、しっ。……そ、それはっ、ちょっと」 「うぅ~っ、寒いですぅ~っ」 「あ、いやっ。……も、毛布でも、増やすか?」  桃枝らしい返しだ。山吹の『寒い』という申告を信じ、尚且つ身を案じるのであれば百パーセントの正当だろう。  しかし、山吹の要求に対する返答としてならば? 「もういいです。課長の鈍感、分からず屋。ふんっ」  当然、マイナスだ。赤点にもなり得ない。  わざとらしく拗ねると、背後で桃枝が狼狽していた。ベッドが揺れたから『もしかして』と思いもしたが、相手は桃枝だ。自発的に山吹を抱き締められるはずがない。  それでも、山吹は桃枝から抱き締めてもらいたかった。なぜなら……。 「──ボクからは、抱き着けないって言ったのに……」  どれだけ、寂しくても。どれだけ温もりを求めても、いつだって思い出が邪魔をする。  両親との日々は、山吹にとって絶対。覆すことができず、山吹の人生にまとわりつき、振り払えない。普段ならばどんな相手であろうと上目遣いで甘えられる山吹も、父親に執拗なほど【愛ある教育】を受けた事柄となると、話が変わった。  抱き着くなんてこと、してはいけない。父親は愛する息子を蹴り、殴り、懸命に教えてくれたのだ。その教えに反することは、死んでしまった父親への裏切り行為となる。  それでも、桃枝は動かない。そこまでされてようやく、山吹は気付いた。 「……ごめん、なさい。さすがに、調子に乗りました」  なぜ、気付けなかったのか。いくら桃枝と言えど、嫌なものは嫌なのだ。  山吹から抱き着くことがいけないのではなく、大の大人は誰かに抱き着かれたくないのだろう。ならば、逆も然り。……父親が言いたかったことはそういうことなのだと、山吹は今になって気付く。  胸の辺りが、酷く痛む。山吹は火傷の痕が残っている辺りの位置を、スウェット越しに握る。そうすることで必死に、胸の痛みを誤魔化そうとした。 「ヤッパリ、ボク……ベッドで寝るの、やめ──」  桃枝は、なにも悪くない。父親の教えに気付けなかった自分が悪いのだ。激しい自己嫌悪に陥りながら、山吹は上体を起こそうとした。  ──その、僅か一瞬。 「──抱くぞ、山吹」 「──っ!」  後ろに、温もりを感じた。  腕が回され、しっかりと抱かれている。上体を起こすことができなくなった山吹は、ビクリと体を震わせた。 「イヤじゃ、ないんですか……?」 「嫌じゃねぇよ。正直に言うならお前とのスキンシップは、その。……すっ、好き、だ」 「でも、すぐに抱き締めてくれなかったじゃないですか」 「恥ずいだろ。……照れるんだよ、こういうの」  そう言われて、山吹は気付く。……背後にある桃枝の胸が、騒がしいということに。  後ろにいる桃枝は、なにかを誤魔化すように「クソッ、暑い……ッ」と悪態を吐いていたが、それでも腕の力を緩めはしなかった。 「まさか、ホントにしてくれるとは……思いません、でした」 「俺は惚れた相手を悲しませてまで守るべきプライドなんか持っちゃいねぇんだよ」 「別に、悲しんでなんか……」  嘘だ。桃枝に拒絶されたと思ったその瞬間に、胸が詰まったくせに。  これではますます、振り返れない。かと言って、桃枝の腕や手に触れることさえできなかった。  それでも山吹は、離れようとはしない。ただただ丸まって、桃枝との距離を詰めた。

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