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咄嗟に、顔を上げる。桃枝が、否定の言葉を紡いだからだ。
するとすぐに、山吹が上げた視線は桃枝の視線と重なった。
「ロマンってやつが分かっていない中でも、お前はこうして来てくれた。不機嫌になったお前は面倒な部分もあったが、それでも俺は『可愛い』と思った。それで極め付きに、寝る前のお前だろ? あんなの、どこが情けないんだよ。俺は嬉しかったんだぞ」
「嬉し、かった? なんでですか。あんな、子供みたいな……っ」
「なんで分かんねぇんだよ。……だから、つまり。俺は『お前に甘えられたい』って言ってんだよ」
眉を寄せた桃枝は、パッと見では『不機嫌そう』と思われるだろう。
しかし、山吹は分かっていた。
「電車が苦手なら、好都合だ。こうして堂々と、お前をドライブに誘えるだろ」
ただ、照れているだけなのだと。今の桃枝は不機嫌とはかけ離れた感情を、山吹に向けていた。
「ドライブ、って。……なにを言っているんですか、まったく」
最後まで、格好悪い。桃枝を翻弄するつもりの意気込みだったのに、結果としてはどうだっただろうか。
子供っぽく拗ねて、我が儘を言って、甘えて……。思い返すと、情けない一日だった。
けれど、桃枝は山吹と考えが違ったようだ。その証拠に、気付けば桃枝は嬉しそうに口角を上げているのだから。
うっすらと笑みを浮かべているその姿が、なんだか【勝者の余裕】じみていて不服だ。山吹はムッと拗ねたような表情を浮かべて、桃枝を見上げる。
「じゃあ、課長もなにか暴露してください。ボクだけが情けないところを晒すなんて、耐えられません」
「俺か?」
順当に考えるのならば、こんな提案は却下一択だ。好き好んで自らの情けない部分を曝け出す阿呆なんて、いないだろう。
だが、強請っている相手は山吹だ。そして、強請られている相手が桃枝なのだから……。
「……実は、一昨日の夜。テレビに、没頭していた」
桃枝は、素直に口を開いた。……少し、口ごもっている様子ではあるが。
告白を受けるも、山吹にはイマイチ、ピンときていない。気まずそうに視線を外した桃枝を見上げたまま、山吹は小首を傾げた。
「テレビに、ですか?」
「あぁ」
「別に、いいじゃないですか。テレビを見るくらい。……それが、どうかしたんですか?」
一度、桃枝の瞳が山吹を映す。
けれどすぐに、桃枝はその瞳をまたしても逸らした。
「恋愛映画、だったんだが。現代の日本を舞台にしていて、年齢差のあるカップルが主要キャラクターだった。その設定を見て、思わず『山吹との付き合いに活かせるかもな』なんて、考えたんだよ」
「そう、なんですか」
それがいったい、どう【情けないところ】と繋がるのか。未だに話題のオチがピンときていない山吹は、疑問符を桃枝に向け続ける。
桃枝は数回、口を開閉した。どうやら【その先】こそが、桃枝にとっての【情けないところ】に繋がるようで……。
「風呂に入る前、いつもならテレビを消すんだが……一昨日は、消し忘れてたんだよ。しかも、着替えを脱衣所に置いておくのも忘れてた。それで風呂上がりに、その映画がたまたま目に入って……」
「……それで?」
「裸のまま、最後まで見ちまったんだよ。その映画を。だから、つまり……ッ」
ようやく、山吹は理解した。
「──これが、体調不良に陥るまでの全貌だ。……あぁ、クソ! 満足かよ!」
自分のズボラさによって招いた失敗と、あまりにもあまりすぎる内容。告白を正しく受け止めた山吹はと言うと……。
「それは、なかなか。……恥ずかしい、ですね」
慰める余地が見つからないまま、素直な感想を口にした。
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