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気まずい。あまりにも、気まずかった。
耳を赤くした桃枝はそっぽを向いたまま、山吹を振り返りそうにない。当然だろう。逆の立場であったのならば、山吹だって俯いていたはずだ。
まさか全裸のまま映画に没頭し、しかもその理由が『山吹との交際に生かすため』だったなんて。……三十を超えた男のすることでは、おおよそないだろう。
「えっと、じゃあ……お互いのメンツを、ボロボロにしたことですし。隠す必要がないので、素直に言いますね」
「なんでも言え、クソが」
「では、失礼して。……課長、お願いします。電車が苦手なので、車でボクを送ってください」
ペコリと頭を下げ、懇願する。数分前までならば絶対にしなかっただろう言動だが、桃枝の告白を受けた後ならばなんてことはない。自画自賛を抜いて、この程度の要求ならば可愛いものだろうという自負すらあった。
頭を下げた山吹に目を向けたのか、桃枝が動く気配を感じる。すると、すぐさま……。
「あぁ、いいぞ。どこまでだって乗せていってやる」
「アパート近くのコンビニまでで大丈夫ですよ」
桃枝の手が山吹の頭を撫でたものだから、反射的に山吹は身を引いてしまった。
無意識のうちに頭を撫でてしまったらしい桃枝はすぐに手を引っ込めるが、山吹に向けた優しい瞳はそのままだ。
「そういう苦手なものは今後、先に言えよ。俺はお前に、嫌なことを我慢してまでさせたくねぇ」
「すみません……」
「いや、今のは責めたわけじゃなくてだな。……あー、いや。……甘えられてぇんだよ。俺は、お前に」
そう言うと、気まずさからだろうか。桃枝は山吹に、背を向けた。
「俺も、外出の準備をする。……ちょっと待ってろ」
そそくさと、逃げるように桃枝がリビングから姿を消す。山吹は着替えを終えたが、桃枝は寝間着のままだからだ。
リビングに残された山吹は、立っているのも無粋かと思い、一先ずソファに腰を下ろす。
……いったいこの一日で、山吹はなにを手に入れただろう。いったい桃枝に、なにができただろうか。思い返すと、痛み分けだった気がする。
山吹はそっと、自分の胸を撫でた。桃枝が腕を回してくれた温もりを、求めるかのように。
「課長の心臓、いっぱいドキドキしてたな。それに、課長の体。大きくて、温かくて……っ」
思わず、口角が上がりかけた。……その時だ。
「──や~ま~ぶ~き~……ッ! お前、人の首で遊んでんじゃねぇぞ……ッ!」
鬼の形相をした桃枝が、鬼気迫る勢いでリビングに戻ってきたのは。
ソファに座ったまま桃枝を振り返り、山吹は小首を傾げる。
「はいっ? なんのこと──あっ、キスマークですかっ? サッパリ忘れてましたっ、てへっ!」
「──そうやって可愛い顔してれば赦されると思ってるなら大間違いだ、馬鹿ガキ! 罰として頭を丁寧且つ優しく撫でてやる!」
「──うひゃあっ! ちょっと、優しく撫でないでくださいっ、落ち着かないです、やだーっ!」
見ようによっては罰に見えない微笑ましいやり取りに、罰を受けているはずの山吹は思わず、笑ってしまった。
たとえ、痛み分けでも。情けない姿を互いに晒しただけだったとしても、それでも山吹は実感してしまっていた。
──自分はやはり、桃枝と過ごす時間が楽しくて仕方ないのだ。……と。
4章【肉を切らせて骨を断つ】 了
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