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翌週の、昼休憩中。
「──あっ。しまったな……ッ」
事務所内に設置されている自販機の前で、桃枝は眉間に皺を寄せていた。
無性に缶コーヒーが飲みたくなった桃枝は財布を持って自販機に向かったのだが、財布の中にあるのは一万円札のみ。目の前の自販機は一万円札には対応しておらず、このままでは缶コーヒーが買えないのだ。
どうしてこう、自分はしょうもない部分で抜けているのか。体調不良の原因や今の状況に自己嫌悪しつつ、桃枝は缶コーヒーを諦めようとした。
自販機に恨みでもあるのかと思われそうなほど険しい表情のまま、桃枝はデスクへ戻ろうとする。
……だが、その時だ。
「おや、桃枝課長。どうかしたのですか?」
金融課の課長が、桃枝に声をかけた。
隣に並んだ男を見て、桃枝は硬化した表情をそのままに口を開く。
「飲み物を買おうとしたのですが、持ち合わせに小銭がなくて」
「なるほど、そういうことでしたか! 自販機にメンチを切っているのかと、さっき若い子たちが話していましたよ!」
「えっ。……そんなに怖い顔をしていましたかね」
「なにを言うのですか! 今もしていますよ?」
「すみません」
自分の顔はお世辞にも愛想がいいわけではないと分かっていたが、まさかそこまでだったとは。交際前、山吹に何度も『もう少し愛想良くできないんですか?』と言われていたが、冗談や過剰表現でもなく、本気のコメントだったらしい。
周りの評価を受けて自身にますます辟易していると、金融課の課長はポケットから財布を取り出した。
「では、せっかくですし奢りますよ」
「はっ? いえ、そこまでしていただくのは……」
「いいんですよ。桃枝課長にはお世話になっていますので」
顔が怖く口調も荒いパワハラ常習犯の桃枝ではあるが、それでも【課の長】という役職があるのはなぜか。それは、仕事ができるからだ。
部下や同僚から恐れられてはいるが、実力は誰しもが認めている。小銭を嬉々として投入しているこの男にとっても、桃枝は立派な職員に見えているのだ。
「日々眉間に皺が寄ってしまうほど、お疲れなんですね。そんな桃枝課長には、そうですねぇ……」
ウロウロと、指がボタンの上を彷徨う。
ハッとし、桃枝は慌てて口を開こうとする。
「すみません、自分は缶コー──」
「──疲れたときには甘いものですよ! さぁ、どうぞどうぞ!」
ピッ。ガコンッ。男の指は、赤い缶の真下にあるボタンを押した。
音を立てて落下してきた飲み物は、コーラだ。金融課長は爽やかな笑みを浮かべて、桃枝に缶のコーラを手渡した。
受け取らざるをえない状況ゆえに、一先ず、受け取りはする。受け取りは、したのだが……。
「ありがとうございます。ですがあの、自分は──」
「あぁいえいえ! お礼なんて結構ですよ! 気にしないでください!」
「いえ、そうではなくて──」
「おっと! そろそろ会議室に向かわなくては! ではでは、課内打ち合わせがありますのでこれで!」
「あっ、ちょっと……!」
色々と、失敗。金融課長は清々しい笑みをそれはそれは嬉しそうに浮かべて、その場を去ってしまった。
望んではいないコーラを渡された桃枝は一人、自販機の前で佇む。
「嘘だろ……。これ、どうすればいいんだっつの……」
呟いて、コーラを見つめる。
……『実は、甘すぎる飲み物が得意ではない』なんて。今さら、言えるはずがなかった。
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