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デスクに戻った桃枝は一先ず、貰った缶コーラをデスクの上に置いた。
さて、どうしたものか。一缶飲み切れる自信はないが、かと言って捨てるわけにも当然いかない。
ならば、腹を括って飲むか。善意の重みを痛感しつつ、桃枝はコーラに手を伸ばし──。
「──これ、間違って買っちゃいました。課長のコーラと交換してくれませんか?」
別の缶が、桃枝の手に触れた。
桃枝の手にあるのは、ブラックコーヒーだ。いったい、どういったマジックだろう。すぐに桃枝は顔を上げ、声の主を確認する。
当然、確認しなくても分かっているのだが……。
「どうしましたか、課長? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」
「いや。……お前、エスパーかなにかか?」
「ボクは事務職員な平社員ですよ。エスパーじゃないです」
昼休憩時間の事務所には、桃枝ともう一人──声をかけてきた山吹しかいない。
山吹は桃枝の手に缶コーヒーを押し付け、空いた手でコーラを持ち上げた。
「交換しちゃっていいですか?」
「別にいいが……」
「では、いただきます」
山吹が、コーラを取る。桃枝は、コーヒーを手に入れた。つまり、桃枝が望んだ通りの展開だ。
しかしそこで、桃枝はハッとする。以前、山吹が『炭酸が飲めない』と言っていたことを思い出したからだ。
「なぁ、山吹。お前、確か炭酸苦手とか言ってたよな?」
「そんなこと言いましたっけ」
「言っただろ。俺の看病に来てくれた日に」
「あー、そうでしたっけ……」
山吹の顔には、一瞬だけ『しまった』と書かれた。
けれどすぐにその文字は消え、代わりに普段通りの笑みが貼り付く。
「でも、いいんです。今日はコーラの気分なので」
同時に、桃枝は思い出してしまう。山吹は『炭酸が苦手』と言った翌朝、同じく『コーヒーは苦手』と言っていたことを。
なにを自販機で買おうとしていたのかは分からないが、確実にコーラではなかっただろう。本人は『間違えた』と言っていたが、果たしてそれも事実かどうか。
ブラックコーヒーなんて飲めないくせに、買った。コーラだって、飲めないくせに交換して……。
「いい、山吹。返せ」
山吹がコーヒーを買ったのは、本当にただの事故かもしれない。
それでも、やはりなにかが引っ掛かる。桃枝はコーヒーをデスクに置いた後、山吹に手を伸ばした。
しかし、山吹の行動は速い。
「えいっ」
「あっ、おい!」
「もう開けちゃいました。……んっ。今、口も付けました。それでも欲しいですか?」
「お前なぁ……っ」
素早くプルタブを引き、コーラの飲み口を開く。それからすぐに口を付けて、山吹は強引にコーラを自分の物とした。
「交換してくれてありがとうございました。それでは」
「あっ、オイ、山吹……!」
いったい、用事はなんだったのか。山吹は缶を軽く振り、桃枝のデスクから立ち去ろうとする。
……が、その前に。
「──あっ、そうだ。つかぬことをお伺いしますが、課長はボクが作ったお弁当を『食べたいな』って思ってくれますか?」
またしても、桃枝を翻弄するような言葉を口にした。
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