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 翌日の、昼休憩時間。管理課の事務所にて……。 「──はい、課長っ。約束のお弁当ですよっ」  ニコリと笑みを浮かべた山吹が、布に包まれた弁当箱を桃枝に差し出していた。  事務所内から人が出ていくのを待っていた山吹は、一目見て『待っていました』と言わんばかりに明るい表情をしている。  一方、楽し気に笑う山吹から弁当箱を渡された桃枝はと言うと……。 「どうしましたか、課長? まるで二日酔いみたいにグロッキーそうなお顔じゃないですか?」 「お前から弁当を貰えるのかと思うと、昨日の午後から期待と高揚が止まらなかったんだよ。つまり、気疲れしてんだ。察しろ、この小悪魔が」 「たかがお弁当だけで、気疲れですか。しかも、仮の恋人を小悪魔扱いって……。課長、だいぶ重症ですね」 「うるせぇ『仮』って付けるなキレるぞ」 「もうキレてませんか?」  相変わらず一言多い山吹は、普段通りの様子だ。山吹の言う通り、たかが惚れた相手から手作りの弁当を貰えるという状況なだけで落ち着かなかった桃枝が、自身でも憐れに思えてくる。  だが、どうだっていい。どうしようもできないソワソワとした気持ちはたった今、形のある物で満たされたのだから。 「ありがとな。わざわざ、作ってくれて」 「いえ、いいですよ。ボク、いつもお昼はお弁当を持って来ているので」 「そうなのか。お前、本当に家庭的だな」 「何回目の惚れ直しですかね、課長?」 「事実だが、お前が先に言うなよ」  長い後れ毛を揺らして、山吹は椅子に座る桃枝を見下ろす。そのまま山吹はフリーになった手を後ろに回し、どことなくあざとい体勢を取った。 「ボクが作ったお弁当、嬉しいですか?」 「嬉しい」 「どのくらい嬉しいですか?」 「このくらい」 「えっ、お、重いです」  間髪容れずに答えた桃枝は、問われるがまま喜びを表現。素早く財布を取り出し、中から札束を惜しげもなく抜き取ったのだ。  当然、山吹はドン引きしている。危うく押し付けられそうになった札束を必死に押し返しつつ、山吹は身を引いた。  冗談やパフォーマンスではなく、かなり本気で謝礼金を渡したかったのだが。渋々、桃枝は札束を財布に戻す。 「けど、なんでいきなり手作りの弁当なんて用意してくれたんだ?」 「なんですか、その質問。ヤッパリ、男の手料理なんてイヤだったんですか?」 「どれだけ喜んでるか、物理で分からせられたいのか?」 「結構ですので財布はしまってください」  またしても、財布を押し返される。謙虚だなと思いつつ、桃枝は再度、財布を渋々と言いたげな様子でしまった。  だが、肝心の返事がまだだ。桃枝はジッと、山吹を見上げる。  どことなく威圧的で有無を言わせない視線に、山吹はなにを感じたのか。 「魚心あれば水心、です」  ポツリと、ことわざを口にした。 「……は?」 「相手が好きになってくれたら、こちらもそれに応ずる準備がある、みたいな。……今しがたボクが言ったことわざの通り【先方の気持ち次第で、こちらの態度も決まる】ってことです」  ドキリ、と。桃枝の胸が、騒ぐ。 「──それ、って。お前も、俺のことを……っ?」  山吹の回りくどい表現に、期待感が募る。  ──まさかついに、山吹の気持ちが桃枝に……?  山吹の瞳が、そっと伏せられる。どこか照れくさそうに、恥ずかしそうに。  そして、少しの間を開けて。山吹が、口を開いた。

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