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 とにもかくにも、お弁当月間の約束を取り付けた。頑張る桃枝になにかをできると決まり、なぜか山吹までもが嬉しくなってしまう。  まるで、本物の……。そう考えていると、桃枝が言葉を挟んだ。 『四月は毎日、お前の弁当が食えるのか。……いいな、それ。気分は愛妻弁当だ』 「ホントに【気分だけは】ですけどね」 『お前は時々、俺に恨みでもあるのかってくらい辛辣だよな』 「イジワルなボクはお嫌いですか?」 『お前がお前であるなら、不思議と愛せる』 「ホントに不思議ですね」 『お前、そういうところだぞ』  そこで、桃枝は時計でも見たのだろう。 『……っと。悪い、話しすぎた。そろそろ寝ないとだな』 「えっ? ……あっ、ホントですね」  時刻は、日付が変わる直前だ。山吹としてはまだ起きていても構わないのだが、桃枝に夜更かしをさせるわけにはいかない。……おそらく、桃枝も同じことを考えているとは思うが。 『電話、付き合ってくれてありがとな。あと、弁当の約束も』 「いえいえ。ボクの方こそ、楽しい時間をありがとうございました」 『お前はいつもそう言ってくれるよな』  これが本心だと、桃枝は気付いていないのだろう。山吹にとって桃枝は唯一、時間を共有していて楽しい相手なのだが……。こればかりは、日頃の行いだ。信じてもらえなくても、仕方がないだろう。 『じゃあ、おやすみ。……愛してるぞ、山吹』 「うひゃあ、恥ずかしいっ。おやすみなさい、課長」  通話を終えて、山吹はスマホを下ろす。 「『愛してる』か。……ホント、課長って恥ずかしい人だなぁ」  電話をかけることには緊張して、なぜ愛を囁くことは平然とやってのけるのか。その差が分からず、山吹は自分の頬をむにっと軽く引っ張る。 「なんでボク、ニヤニヤしてるんだろ。恥ずかしい奴」  スマホを持ち上げると、画面に表示されているのは先ほどまで眺めていたSNSのページだ。  桃枝と通話をする前までは楽しく眺めていたはずなのには、今では少し物足りない。指を動かし、山吹は別のページを開こうとする。 「お弁当、どんなのを作ろうかな」  たかが、一食。たったそれだけの、僅かな時間しか楽しめないもの。  それでも桃枝は、喜んでくれた。一ヶ月以上先の話だというのに、今から楽しみにしてくれているのだ。  いつも、桃枝はそうだった。直接会っているのならば目を見て、礼を言ってくれる。 『──来てくれて、ありがとう』  あの日だって、そう。打算としてすら成り立っていない幼稚な動機で看病に来た山吹に、笑顔を向けてくれたのだ。  桃枝との思い出を回想し、ふと、山吹はスマホから顔を上げた。  視線の先にあるのは、桃枝から貰ったクリスマスプレゼントだ。 「……へへっ」  マフラーを眺めて、桃枝の笑顔を思い出して。山吹はつい、笑ってしまう。  山吹がなにかすると、桃枝は喜んでくれるのかもしれない。実際問題、弁当を作ると猛烈に喜んでくれた。  こんな自分でも、誰かを──桃枝を、喜ばせることができるなんて。  何度思い返しても、看病を受けた桃枝の喜び方は山吹からすると、満更でもなかった。『たまには、相手を喜ばせるのも悪くはないな』と、柄にもなく考えてしまうほどに。 「課長のこと、もっと喜ばせたいな……」  一緒にいて、初めて『楽しい』と思わせてくれた人。こんな山吹のことを、初めて『好き』と言ってくれた人だから……。  できることはないかと考えて、すぐ。山吹は、とある日付を思い出した。 「あれっ? そう言えば、二月ってことは──……えっ、ウソ! 今週っ?」  二月には、ひとつ。恋人たちがはしゃぐ大きなイベントがあるではないか、と。  想定していたよりも大きな声を出して、山吹は勢いよく立ち上がった。

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