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アパートに戻った山吹は、ソワソワと落ち着かない様子で床に座っていた。
「課長からのプレゼント、なんだろう……っ」
落ち着かない理由は、たったひとつ。テーブルの上に置いた物──桃枝からのバレンタインプレゼントだ。
未だに開封されていない、渡されたままの状態。テーブルに鎮座させたプレゼントを眺めて、山吹はゆらゆらと体を左右に揺らす。
「さ、早速だけど……開けちゃおう、かな? でも、このままの状態で置いておきたい気もするし……。でもでも、課長が『どうだった?』とか訊いてきたら、感想を伝えられないよね。あぁでも、課長はそんなこと訊いてこないだろうし……」
一人きりの部屋ということもあり、山吹は思いついたことをなんでも口にし始める。
開けたい理由と、開けたくない理由。開けるべき理由と、開けなくてもいい理由を幾つも幾つも並べ上げる。
まるで、天使と悪魔が脳内で論戦を繰り広げているような感覚だ。どちらの主張も正しくて、どちらの主張も山吹自身なのだから。
ここでジッとしていても、意味はない。理由もなく正座をして畏まった山吹は突然、スッと素早く立ち上がった。
「先ずはシャワーを浴びよう! だって【心頭滅却すれば火もまた涼し】って言うしね、うんうんっ!」
いったいなにが【火】なのかは分からないが、山吹は急いで着替えを用意する。
しかし、山吹は今【現状から逃げるために】入浴を選択したわけではない。山吹がこの選択をし、素早く行動をしているのには理由があった。
「今日は隅々まで体を洗おう。誰かに抱かれるとき以上に清潔なボクになろう」
身を清めないと、プレゼントを開封する男に値しない。……そう、山吹は思ったのだ。
髪を洗い、顔を洗い、不必要と思えるほど体を清潔にし……。入浴を終えた山吹は濡れた髪のまま再度、床に座った。
「よ、よしっ。開ける、開けるぞ……っ!」
気分はまるで、寝ている恋人の服を独断で剥こうとする下心満載な男だ。自分が貰ったものだというのに、なぜここまで緊張してしまうのか……。それほどまでに、山吹は【プレゼント】という行為に耐性がなかった。
「失礼します……!」
クリスマスの時と同じはずなのに、気持ちが全く違う。あの時は惜しむことなく、そして迷うことなく開封できたと言うのに。
なぜ、こんなにも山吹の心は乱されているのか。分からないまま──分かりたくないまま、山吹はプレゼントを包む包装紙を丁寧に剥がし始めた。
「もしかして、お菓子かな? 縦長の箱だし、それこそチョコとか……?」
ここで、可愛らしいマカロンなんかが出てきたならば。桃枝がどんな顔をして購入したのかを想像し、山吹は愉快な気持ちで一晩を明かせてしまうだろう。
しかし、出てきたものは食べ物ではなく……。
「あっ、ネクタイだっ。よく分かんないけど、高そうだなぁ」
クリスマスと同様、身に付けられる物だった。
山吹はクリスマスプレゼントを、今すぐにでも家宝にするのではないかと思ってしまうほど喜んでしまったのだが。どうやら、桃枝は物を贈られて喜んだ山吹のことを憶えていたらしい。
「今度は部屋に飾らないで、すぐに着けた方がいいかな? でも、ヤッパリ少しは飾りたいような。……でもでも、課長としてはすぐに使った方が喜ぶのかな?」
結局マフラーは、未だに飾ったまま。今シーズンは身に付けず、そして来シーズンまで部屋に飾っておくだろう。それほどまでに、山吹は【クリスマスプレゼント】が嬉しかったのだ。
それはそれで桃枝は満足そうだったが、やはり贈ったからには身に着けてもらいたいのか……。同じ男であっても、山吹には男心が分からなかった。
箱の中に入ったネクタイを眺めて、山吹はゆるゆると口角を上げる。どうしてやろうかと妄想し、それによる桃枝の反応を想像し……。
「……あれ、ちょっと待って? マフラーと、ネクタイ……?」
ふと、山吹はあることに気付いた。なぜ、桃枝がこうしたプレゼントを選んだのか、という点についてだ。
──まさか……首を絞められない代わりに、マフラーやネクタイを渡すのだろうか?
「……さすがに、それは考えすぎかな」
初めてのセックスで強請った、首を絞める行為。それを断ったことに、負い目を感じているのでは。
……駄目だ、やめよう。こんなことを考えていては、桃枝の気持ちを踏みにじりそうだ。山吹はすぐさまプレゼント選びの真相について考えることをやめて、箱に収まるネクタイを眺めた。
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